12 月 31, 2008

写真作品 列車旅(8)

カテゴリー: 写真 photo, 写真「列車旅」 photo art "TRAIN Travel" — しっぽしゃっぽ @ 11:24 am

大晦日です。
東京は大変良いお天気になりました。
冬晴れの鉄道風景を見ながら、2008年とお別れしたいと思います。

古木の乗客

『古木の乗客』

原風景が残る山間部。
小さな集落のホームには、葉を落とした古い大木だけが並んで列車を待っていた。
青空に向かって手を振る彼らの影が、白く化粧した大地に伸びる。

山田線:上米内駅。
行き違い待ちの時間を利用してホームから撮影。

今年も風のおひるねを応援していただき、ありがとうございました。
みなさま、どうぞ良いお年を。

12 月 30, 2008

公共交通機関で旅をする(5)最終回

カテゴリー: その他 etc — しっぽしゃっぽ @ 3:16 pm

最後は少し厳しい現状について書きたいと思います。

日本の公共交通機関が、地域との密着度が薄いのは全国的に起きている問題だと思います。
大手私鉄の言う「地域性」とはあくまで自分の路線が走っている帯状の地帯のことです。しかし、地域の人は本当は自宅を中心とした円形に近いエリアの充実を望んでいると思います。これには地域や会社間での連携が必要です。
今まで私鉄各社は、自社の沿線に沿って帯状に開発を行い、その移動を担ってきました。そのため首都圏では、特に縦方向(都心方向と垂直になる方角)の移動は非常に不便です。いちいち山手線エリアまで行かなければなりません。
東京が混雑する集中する原因の一端はここにあると思います。ドーナツ化現象でそれはより顕著になりました。
しかしこの発想は、沿線のすべての人が都心の企業に勤めるサラリーマン世帯であるという昭和30年~50年代の古い発想だと思います。
今後人口が減少すると、それは都心回帰になるかもしれません。または首都圏であってもマイカーがないと生活できないような不便な地域の増大に繋がるのではないかと思います。
現在でも、山手線内からある程度離れると、地価は東京とあまり変わらないのに、普段の生活には郊外店へのマイカーが必須という、非常に生活コストがかかる地域が、まさにドーナツ状に存在しています。

雪に覆われた北海道の緑駅。

私鉄によっては、未だに複々線工事等を推し進めている様子が見受けられますが、人口はもう減るのです。本当に複々線が必要だった時代には間に合わなくて、過ぎ去ってしまったのです。
大量生産、大量消費、大量輸送の時代は終わり、これからは少量、多様化ニーズの時代であることは、薄々みなさん気がついているのではないかと思います。
日本の公共交通機関は、未来ではなく過去を見て、まるで旧東側諸国のように決められた計画を淡々と進めるだけの思考停止に陥っているところが多いように感じています。
また政策レベルでは、列車も道路も、新幹線や高速道路のように長距離輸送のものにだけ重点的に投資を行っています。
前にも書きましたが、長距離を何回も移動する人は特殊です。本当の公共交通は地域にこそ求められているのに、こちらはバスも鉄道も廃止が続出です。

在りし日の岐阜市内を走る路面電車(廃止)。

鉄道はイベントがあり、ニュースでも取り上げられますが、実は地方のバス路線の廃止の方が多いですし深刻な問題です。
テレビのニュースによると1年間に900以上のバス路線が廃止になっているそうです。鉄道の比ではありません。
廃止にならなくても、1日に数本しかない路線は膨大にあります。JRでも1日に3往復が最低ラインで、そんな路線はさすがに数えるほどですが、バスは本数が少ないところも多いのです。
買い物や病院に行けなくなるわけですから、これは深刻です。

都会の通勤列車。JRなんば駅

廃止になっているバス路線や鉄道会社の負債額は、数百万円から数億円程度が多く、これは高速鉄道や高速道路の建設費と比較すると非常に微々たるものです。
問題はこの金額を当該地方の私企業と自治体だけに負わせている点にあります。地方の中小企業や小さな自治体にとっては大きな金額になりますから、廃止になるのですが、日本の経済力から考えれば、交通を残せない金額ではありません。
儲かることだけ国がやり、都合が悪いことや採算が取れないことは地方自治と言われています。税金の使い方として正しいと言えるのでしょうか。
地域の利便性が悪い方には人が住まなくなります。そこに高速鉄道・高速道路があっても、人口が減ればお客さんはいなくなり、無駄なものになるのです。
人口がいくら少なくても、最初に必要なのは地域の足と遠距離の交通機関のどちらでしょうか。

雪の富良野駅で列車に乗り込む運転士さん

地方の人ほど車が不可欠であるという話を聞きますし、事実だと思います。
しかし、老人になっても自分で運転しなければどこへも行けない。そういう地域が国土の大半を占めている。そんな国が豊かで住みやすい先進国なのでしょうか。
他国と比較しても日本はマイカーが多すぎます。米国のように広大な土地に人々が点在しているわけでもなく、山間を除いたわずかな平野部に密集していて、世界の中でも公共交通機関にとっては相当有利な状況が揃っているにも関わらず、マイカーがないと何もできない状況です。
車社会と言えば聞こえは良いですが、つまり、高くて狭い都会で暮らすのが嫌なら、死ぬまで自分の責任で運転しないと買い物ひとつできない国。それが現代日本です。
日本の公共交通機関はあまりに乏しいのです。

夕日を浴びて発車を待つ快速列車。JR木津駅。

私が感じている現代日本の公共交通を端的に言うと、「この国には真の公共交通はない。それは遙か昔になくしてしまった」。そういう印象です。
極端な言い方をすれば、東京のような都会でも公共交通機関は存在しません。ただ多くの個別の私鉄が存在するだけです。
合算式の料金、複雑な料金体系、分断された交通体系。各私企業が独自に「儲かる」と判断して開発を続けた結果、このようになってしまったのではないでしょうか。
誤解しないでいただきたいのは、各私企業が悪いのではありません。企業として生き残るには当然のことだと思います。

薄暮の中、桜吹雪のトンネルを走る津軽鉄道列車

一番の問題は国の政策や税金の使い方です。
「公」と「民間」の違いがあるとしたら、社会の利益を考慮するかどうか、優先するかどうかだと思います。
今の日本は国が一番儲かることだけを考えています。国は絶大な特権を持っているにも関わらず、最大の私企業になってしまっているのです。
そして「儲からないこと」だけを、地域の中小企業や自治体に「地方自治」だと言って投げつけていきます。
新幹線は国の事業だけど、地域の私鉄は地方の事業。高速道路は国の事業だけど、地域の生活道路は地方の問題。
国鉄がJRになって、道路に新直轄方式という抜け道が作られ、ついに郵便も民営化しました。長距離列車は不便になり、東名高速道路は未だに高い有料のまま。天下りも族議員体質もそのまま。
国民から見て何が便利で良くなったのでしょうか。甚だ疑問です。

大都会の中を行く埼京線通勤列車

長崎新幹線の建設問題のニュースを見ていて、当初は反対していた地域の自治体に、国や県がお金をちらつかせて賛成派へ転向させていく様子は、非常に悲しくなりました。
儲かっているところが、儲からないところを、自分の都合でお金で買収していく。そういう政治です。なんとレベルの低い。
新幹線を建設するかどうかよりも、もっと大切で重要な問題があるのに、目先のお金だけを考えてしまう。
そもそも「病院が赤字だ」とか、そう言われることに違和感を感じませんか?
図書館が赤字だ。公園が赤字だ。小学校が赤字だ。この表現は正しいと思いますか?
なんでも「儲け」を基準にして考えるのはおかしいのです。もしそうなら家計にとって最大の赤字の原因は税金だという話になってしまいます。
「公共」として整備しなければならない「健康で文化的な生活を送るための最低限」のことがあるはずです。

こういうことは消費者、利用者の力で変えていく必要があると思います。
政策も悪いですが、見ているだけでは状況はどんどん悪化するだけです。やはり地域で儲かっていれば、国も話を聞くようになると思います。
そのためには少しでも公共交通機関を利用して、残していくしかないと考えています。

大雪の中でもバスは走る。高山-松本路線バス。アルプス街道平湯バス停。

私は旅行好きなので、日本全国の様々な地方と都市を、列車やバスで巡りました。
駅やバス停に降りて30分もすれば、その土地に活気があるかどうかはわかるようになりました。表向きは大きな建物を建てて、観光地化していても、住みにくいだろうなと思う町。反対に何もなくても、住民が活き活きとしているような町など、地方の彩りは、ここ数年で特に多様化しているように感じます。
ただ成功しているイメージがある町には共通点があることに気がつきました。
それは徒歩か自転車でも行けるような特定の狭い地域に、必要なものがすべて揃っている町です。
居住なら、学校、商店街、病院、交通機関(駅やバス停)など。観光なら、観光地、お土産物店、宿泊施設、娯楽施設などです。
集まっていても同じ種類の施設ばかりだったり、観光駅と道の駅がすぐ近くに別々にあったりするようなところはいまいちです。それから各施設間を移動するのに、マイカーが主流となっているところもいまいちです。
何と何を統合して、どう機能化させるか。どう無駄を省けるか。それから人間が歩いている時の目線を基準に設計されているか。これらができている町は、どんなに地方であってもとても活気があります。若者も第一線で働いていて元気です。
このスタイルがこれからの少量、多様化時代のモデルケースではないかと思います。

うろこ雲とくま川鉄道列車。湯前駅

それから、できれば日本だけでなく、海外に旅行した際にも公共交通機関を使っていただきたいと思います。特にヨーロッパは整備が進んでいます。
ホテルに戻ってから、散歩がてら環状線を一周する、2駅ほど乗ってみるといった感じで良いと思います。
私もこれをするようになってから、公共交通機関に対する関心が高まりました。
言葉が通じなくても乗れます。切符も買えますし、乗り換えもできます。そういう仕組みになっていますから。
日本では考えられないことです。あれ?こんなに便利なんだ。あれ?ひょっとして日本がおかしいんじゃないか…。新しい発見と気付きを体験できると思います。

ブダペストのトラム

赤字だ、利用者が減っているといったことは、廃止を前提とした国や企業のプロパガンダに過ぎません。実態は別に存在すると思います。
日本は地域でも非常にポテンシャルがあるところが多いです。
なまずのような顔をしたトラムが走るフランスのストラスブールの人口は約27万人、同じくグルノーブルは約16万人、景観を考慮してバッテリーのLRTが走るニースが約35万人、ポルトガルのポルト26万人、スイスのチューリッヒ34万人、ドイツ・フライブルク22万人、ツヴィッカウ10万人、アメリカのタコマ19.7万人などなど。すべてトラムが走っている街です。
日本の地方都市の方が人口は多いことがわかります。
人が少ない、投資ができない、そういう話ではありません。ただポテンシャルを活用できていないだけです。

古い車両も現役のラトビアの首都リガのトラム。

公共交通機関を維持するためにできること。少しずつでもやっていくようにしたいと考えています。
風のおひるねを見てどこかの公共交通機関に乗ってみた。そんな人が増えるようなページに来年はしていきたいと思います。

ヘルシンキで市場の真ん中に停車するトラムに乗り込む人々

公共交通機関で旅をする(4)

カテゴリー: その他 etc — しっぽしゃっぽ @ 2:52 pm

今回は公共交通機関の運賃について考えてみます。
公共交通機関は比較的安価だと思います。これには反論も多くあるでしょう。運賃は高いじゃないのと。でもそんなことはないと、私は思っています。
要するに何と比較して「高い」と感じるのか、ということです。
東京から大阪まで行くケースを考えてみましょう。あまりにいろいろな手段と運賃がありますが、適当にいくつかピックアップしてみました。

○新幹線のぞみ号(通常期・普通指定席):14,050円
○飛行機(ANA・2008年12月搭乗分・普通運賃):24,700円
○高速バス(プレミアム昼特急・2階席):6,700円

ちなみに列車の最安値は、有名な青春18きっぷで2,300円(各駅停車利用・利用可能時期限定・購入単位は5人日分の11,500円)ですが、これはいわば臨時でいつでも使えるわけではないので、いつでもという話になると、普通に全部各駅停車で行った場合には運賃8,510円です。
新幹線の最安値(通常期)は、ぷらっとこだまエコノミープランの10,000円ちょうどですので、在来線の各駅停車で8,510円は実行する人は少ないと思います。

飛行機(ANA・2008年12月搭乗分)はビジネス特割で11,100円。この価格は早朝の特定便ですが、他の便でも最大14,100円で搭乗できます。
バスは夜行の青春メガドリーム号(閑散期)が3,500円です。
時期や条件を限定すれば、もっと安いケースも存在するかもしれませんが、いつでも乗れるという条件ではこのバスが最安値ではないでしょうか。

諫早駅を発車する加津佐行き島原鉄道列車(区間廃止)。

マイカーの場合こうした価格の比較は、主に通行料金と燃料で計算されているように思います。
東京-大阪の場合、東名-名阪の高速料金(便宜上、東京ICから豊中ICまで)が、10,850円(通常期・普通車)です。
ガソリン代は距離が524.2Kmなので、燃費が20Km/リットル、ガソリン単価135円/リットルとした場合約3,538円です。
合算すると14,388円になります。

ここで必ず話題になる大きな違いとして、公共交通機関の料金は人間1人あたりにかかってくるのに対して、車は車両1両あたりの値段で、単位が異なっているという点です。
ですので車両1両にたくさんの人が乗れば、マイカーの1人あたりの料金は安くなり、それを根拠にマイカーは安価であるとしている場合がほとんどです。
ETCの説明ページの料金比較にもこの方法論が使用されています。

古参車両が活躍する大糸線の北端区間。

私はこれに対して大きく異を唱えたいと常々感じています。
単位を変えてはだめです。それは条件を変えるということだから、だったら飛行機のビジネス特割や、列車の青春18きっぷも比較対象にしなければならないと思います。要するに「最安になるケースがある」という話です。
もともと手段が違うわけですから、同一手段で比較するか(列車は列車同士、飛行機は飛行機同士)、条件を揃える必要があります。

マイカーの場合、4人利用でも1人利用でも、前提として必ず大きく抜けている条件は、車両の本体価格、駐車場代、税金、保険料等の車の所有自体にかかってくるコストが計算されていないことです。
ほとんどの運賃比較で、この話はマイカーに限っては「ない(=0円)」ことにされています。これはとんでもない落とし穴です。

おそらくマイカーは誰もが(どの世帯も)持っていることを想定して、必要経費のように考えていると思います。車はかなりの普及率ですが、地域によって偏りがあると思いますし、それがいつまでも続くわけではありません。
かつて固定電話機がない家は珍しかったですが、今では携帯電話が普及して普通に存在します。またテレビも絶対にあるというイメージですが、昔ほどテレビに魅力があるとは思えませんし、ワンセグのようなものに取って代わられる可能性は十分にあり得ます。
ですのでコストとして発生しているものは、きちんと計算すべきです。

閑散とした車内。JR四国坪尻駅停車中。

当たり前ですが、公共交通機関の運賃にはすべてこれらは含まれています。
運転士さんの事件費も、車両代金も、鉄道の場合には敷いてある線路にかかる保守費や税金も、すべて込みでの価格です(多くの鉄道だけが車両以外に土地や走る線路までコストに入っている。この点は大きく他の交通機関と条件が異なる)。ですからバス停や駅に行けば乗るだけで良いのです。
マイカーの人がこの料金を算出できる前提には、まずマイカーを購入しなければなりません(またはレンタカーでも良いでしょう)。
購入代金は一括や分割で、駐車場代は月額の費用なので、1台の車を買い換えるまでの期間分の総費用を走行距離で割るか何かして、加算する必要が出てきます。

それがいくらになっても良いのですが、この区間に限っては、バスの最安値が3,500円ですので、4人ではバスの方が確実に安いです。5人乗ってもバスの方が安いと思います。
ただしレンタカー利用なら、わりと近い価格になるのではないかと思います。

豊橋市内を走る路面電車

このように考えてみると面白いことに気がつきます。
バスを除いて、大人1人の利用という条件で揃えると、東京-大阪間は概ね14,000円程度の運賃か料金がかかる区間だということです。競争が進んで価格が落ち着いているのかもしれません。
一方で、所要時間ですが、空港までなら飛行機が一番速くて1時間。都市部発着なら新幹線と飛行機はほぼ同じで2時間半程度です。
これに対してバスとマイカーは倍以上の時間がかかります。バスはその分安いのですが、マイカーはそれでも14,000円台の料金を請求されると言うことになります。加えて第1回目で書いた事故のリスクも自己負担です。
この点からも、一概に公共交通機関が高いとは言えないことがわかります。

高知駅前に到着した路面電車

それからもうひとつ。公共交通機関が高いと感じるのは、長距離移動ではなく、近距離移動に対してではないか、とも予想しています。
東京-大阪のような移動は、一部のビジネスマンを除いては、年に何回もするようなものではありません。
一方で近くに買い物に行く、近隣の病院に行く、といった数Km程度の移動を考えます。

この距離では価格は多くて数百円台になります。これは非常に身近で親近感のある価格帯です。
100円と200円では倍も違います。100円ショップがあるのに運賃が200円もするという感覚も頷けます。
この距離では飛行機はあり得ませんので、選択肢は、バス、列車、マイカーくらいになります。代わりに自転車等が出てくるのではないでしょうか。
天気が良くて電動自転車がもっと普及すれば、自転車はかなり有力な交通手段であると思います。雨が降らなければ良いのですが。

この距離ではマイカーのイメージはかなり良くなるはずです。
持ってさえいれば、すぐに着けるし、有料道路も走らない。燃料費は数十円程度でしょうから、ランニングコストの部分は安いことがわかります。
ただし、車両本体価格等の概念が抜けていることは同じです。車を持っていて、自分で運転できることが条件です。リスクの問題も身近だけにかえって大きく存在します。

バスも電車も初乗り運賃は200円程度からのところが多いですので、マイカーのランニングコストと比較すると、高いように感じるのは仕方がないかもしれません。
100円と200円では倍も違うという料金帯ですので、その通りでしょう。

岩見沢駅で出発を待つ北国の普通列車

この点に対しては、私は正直なところ日本は発展途上だと感じています。はっきり書いてしまえば遅れているし、政治レベルでもちっとも考えられていないです。
例えば、大きな問題点のひとつとして、地域の公共交通機関の料金体系が、会社ごとに合算方式になっている点があるのではないでしょうか。

私は東京都区内に暮らしていますが、仕事にも買い物にも公共交通機関は十分便利です。
ところが運賃は高いと感じています。
各鉄道バス会社の料金設定は悪くないと思いますが、私の家から東京駅まで行くには、私鉄と地下鉄、または私鉄とJRを乗り継いで行かなくてはなりません。すると運賃は単純に合算されてしまい、割引は全くありません。
私鉄に200円程度支払って、地下鉄かJRにも200円程度支払います。地下鉄とJRはうまく調整してあるのか、どちらを使っても価格はほとんど差がないです。
仮にひとつの鉄道会社だけで行くことができたとすれば、運賃は高くても300円程度で済む距離です。

テレビで有名になった肥薩線嘉例川駅。車での訪問者も多い。

この問題はとても大きな欠点だと考えています。
東京都内に鉄道バス会社によって縄張りがあるのは、国や都などの政策レベルの取り決めもあってのことなのです。消費者には選択肢がなく、その手段しかないのです。
例えば、山手線内には地下鉄以外の私鉄はほぼ走っていません。周辺部から山手線内に出るには、必ず2社以上の運賃になり、単純に合算されてしまいます。
もっとひどいことに東京では、地下鉄が2社存在していて、こちらの料金も基本的に合算です。山手線内に行くだけで場所によっては3社合算の運賃を支払うことになり、金額はがつんと増えます。
この悪い仕組みのおかげで、山手線内を数カ所回って帰ってくれば1,000円を超してしまいます。ちなみにJR線だけで1,000円乗ると、60Km以上乗車することができる価格です。私鉄ならもっと遠くまで乗れるでしょう。

もっと驚くことがあります。場所によっては、全く同じバス路線(ルート)を複数の会社のバスが共同で運行しているケースがあります。
こういう路線でバスの定期券を買うと「共通定期券にしますか?」と聞かれるのです。最初は意味がわかりませんでした。
聞いてみると、共通定期券ならA社のバスでもB社のバスでも乗車できるのですが、各社の定期だと自社のバスでないと乗れないそうです。
ちょっと唖然としました。一定区間が重なっているのではなく、A社もB社も始発から終点を含めて全く同一経路なのです。私もそうでしたが、たぶんバス会社が異なるということ自体わからない人がいると思います。
走ってくるバスを見て、あ、何社のバスだと思う人は、私の同様のマニアだけで、最近は広告でいろいろな色のバスが走りますから、同じ行き先なら気にしないのが普通ですよね。
普通に考えたら、どちらにも乗れて当たり前なのではないでしょうか。
A社だけにしたら何かメリットがあるのですか?と尋ねたら「特にないです」とのこと。ますます意味がわかりません(A社定期の場合はA社バスにしか乗れないので不便になるだけ)。
料金が複雑なだけでなく、こういった事業者側の社内ルールのようなものを一般利用者に理解・選択させるシステムは極めて時代遅れです。

特急と行き違うJR四国普通列車。伊予大洲駅。

先進国の首都でありながら、こんなに複雑で利用者に何のメリットもないことをしている公共交通機関がたくさん走っているのは、世界で日本だけです。
ヨーロッパの主要都市などでは、均一料金区間があったり、一定区域内の移動に便利なきっぷがあったりと、もっとわかりやすい運賃体系になっています。そもそもこんなに多くの会社の路線が走っていません。
きっと外国の人が日本の鉄道に対して、もっとも難解だと感じているのは、この合算システムではないかと思います。
最近では、SuicaやPASMOが導入され、列車の相互直通も多くなっています。しかし、料金だけが単純合算です。勝手に運んでICカードからどんどんお金を吸い取られていくように感じてしまう人がいても、無理もないことだと思います。
せっかくのICカードがあるのだから、首都圏交通エリアとか都内交通エリアといったエリアを設定して、距離加算だけや乗り換え何回までは継続運賃というふうにしていただきたいです。

12 月 29, 2008

公共交通機関で旅をする(3)

カテゴリー: その他 etc — しっぽしゃっぽ @ 5:12 pm

3番目に挙げた地域にお金を落とす旅である、というのは少しイメージしにくいと思います。
旅行は多少地域経済に貢献もしますが、同じく少し迷惑もかけます。ゴミを出したり、よそ者がその土地に物見遊山で行くわけですから。
ですので、その地域に貢献するようなことをできればしたいものです。
多額でなくて良いので地域で消費して、お金を落とすことは誰にでもできる行動だと思います。
もちろん無駄遣いをしなくていいです。余分なものを買う必要はないですし、無理矢理お金を使わなくても良いです。
地元の公共交通機関を使って移動すれば、それだけでその地域に運賃や利用料金を支払うことができます。

特に地方の小さな鉄道やバス会社は重要です。一区間でも乗れば収入になります。
地方鉄道やバスは、赤字赤字と言われていますが、沿線住民が全員年にあと1、2回乗るだけで改善できる会社も多いことも事実です。
それに移動手段に地元の交通を利用すれば、通過するだけで観光しない土地にも収入がもたらされます。
北海道に行くのにカシオペヤや北斗星を利用すれば、途中の岩手県や青森県内は私鉄を通過するので、その会社に通行料金として収入が入ります。
大阪から山陰に行く時にスーパーはくと号を利用すると、同様に兵庫、岡山、鳥取県の3県に運賃収入が入りますし、先日のワイドビュー南紀号の動画でも伊勢鉄道区間は三重県の地域経済に貢献できます。

熊本の路面電車

鉄道ではよくイベントがあり、新列車の運転や、路線の廃止、SLの運行など、様々ですが、できれば列車に乗って行って、そして現地でも乗っていただきたいです。
写真を撮る人も、目的の列車でなくても、普通列車に一駅だけでも乗るとか、駅からレンタカーにする等、工夫すればずいぶんと違うのです。
私はいわゆる乗り鉄ですが、同じ観光地に行く場合、バスや鉄道を利用して来る人の方が、マイカーの人よりも、より多くのお金を地元の商品やサービスに使用するような気がしています。そもそも交通で最初に地元にお金使っているわけですから。

これは旅行に関するお金の使い方です。趣味のことだから、高い安いとかお得といった考え方以外に、目的の先を考えてお金を使うのはいかがでしょうか。
エコ移動による環境貢献でも良いですし、上記のような地域貢献でも良いと思います。
途中の道ばたのコンビニで買い物をするのではなく、地元の食堂で食べてみるとか、駅弁(地元で作られているものもたくさんあります)にしてみるとか、気持ちの良い消費チャンスは意外なところに転がっています。

JR九州のローカル列車。伊万里行き。

ところで、みなさんは「公共交通機関で旅をする」ということについて、どういうイメージを持たれていますでしょうか。
「運賃が高い」「面倒くさい」「貧乏旅行?」あまり良いイメージはないかもしれません。
これからは「公共交通機関で旅をする」ことは、リッチでおとなの旅行であるという新しいイメージを作って行けたらと考えています。
地域に貢献もできる。人の目線で観光できる。知的でゲーム感覚で楽しめる。わざわざそういうことをする旅行なのです。
これは普通の人にはできないことです。志を持って、自律して個性を発揮するために行う趣味の行動だからです。楽だけを考えたり、行き当たりばったりの考え方ではできない、贅沢な趣味です。
公共交通機関の楽しさについて、そういう方向性でPRされていなかったことも事実ですので、新しい価値観を提案したいと考えています。

せせらぎのイラストが可愛い錦川鉄道の車両

公共交通機関で旅をする(2)

カテゴリー: その他 etc — しっぽしゃっぽ @ 5:02 pm

公共交通機関には「定時性」という特徴があります。時間通りということです。
バスでは時には渋滞に巻き込まれたりして遅れることはありますが、それでも基本的には決まっている時刻通りに運行されています。
年末年始やゴールデンウィークなど特殊な状況を除いて、バスが遅れると言っても、何時間も遅れたりすることはまずありません。鉄道や航空機はかなり正確に運行されています。

JR線に乗り入れる福岡市営地下鉄

時刻通りに運行されることが重要であること。この意味がここ数年でかなり変化してしまったように感じています。この点が昔からは想像できなかった一番大きなことかもしれません。
極端な表現をしてしまうと、時間の正確性をメリットと感じる人が減ったというか、あまり気にしない人が増えているのではないかと思います。
多少遅れても良い、むしろ最初からあまり時間を考慮していない場合もあるでしょう。
マイカーの普及に伴う、これがライフスタイルの変化なのかもしれません。

並んで出発を待つ小湊鐵道といすみ鉄道

私にとって旅行とは、計画、実行、整理の3段階に分かれています。
実際に出かけることだけが楽しいではなく、計画段階から楽しみが始まります。
どこに行くか考えたり、何かのきっかけで行ってみたい場所ができたりして、そこへのルートを手段を検討する。もうこれだけで旅行に行ったつもりになるような場合もあります。

実行段階では、自分で立てた計画に合わせて旅行し、それができた時だけでなく、できなかった時(不測の事態が発生した時等)にどう修正するのかや何を取捨選択するのかといったことも合わせて、旅行の楽しみなのです。

ところがマイカー旅行では、とりあえず出発する、場所だけ決めて後は行ってみて考えるというスタイルが可能になりました。このスタイルでは定時性はあまり重要ではありません。
公共交通機関があまり使われなくなり、マイカーに依存するようになると、定時性の意味合いは消滅してしまうかもしれないのです。
かつては定時性は日本の優秀な点のひとつでした。失われてしまうのはもったいないと思います。

JR線に乗り入れる鹿島臨海鉄道

計画を立てるということは、効率が良くなります。
経験上、例えば観光地を見て回るといった旅行では、ツアーが一番効率が良く、次いで公共交通期間の利用、マイカーは最も効率が悪くなります。
ツアーでは全員が観光目的ですが、マイカーでは同乗者全員がそういう気持ちで乗っていないということもあるでしょう。

マイカーではどうしても時刻が読めない部分があります。
渋滞があったりするからというのは、真の理由ではないと考えています。なぜならバスでも渋滞には巻き込まれるからです。
本当の理由は、運転者がその土地に不慣れでロスタイムが多いこと(ナビを見たり、道を間違ったり、探してたりしている時間や、最適なルートがわからないこと)と、最初から定時性を考えた計画を立てずに走り始めてしまうからではないでしょうか。

マイカーで旅行に行く時に、何時に出発して、どこどこに何時に休憩して、どこを何時間見て、食事の時間は何分で、宿には何時に着く、という計画を最初に話す人はほとんどいません。
対して、ツアーや公共交通機関旅行では、必ず行程表が存在しています。
行ってみて考える、お腹が空いたからどこかで食事をする、といった安易な行き当たりばったり方式が、実は一番のロスなのです。便利なように見えて遠回りなのです。

北見駅の貨物列車。ディーゼル機関車2台が挟んで運行する

変なたとえですが、ツアーのバスが高速のサービスエリア等で休憩する時間は、10分とか15分程度であらかじめ決まっています。次の列車が出る時刻も決まっています。
こういう時間的制約の積み重ねによる緊張感が重要です。10分と決まっていれば、トイレに行く(3分)、軽食を買う(3分)、土産物屋を見る(3分)、バスに戻る(1分)などと自然に行動が決まります。
軽食のメニューを見ても、3分で食べられるのかどうか判断します。食べられなければテイクアウトして車内で食べることになりますから、選択が速く確実になります。
同じように土産物屋もそうです。だらだらはしません。ぱっと見て気になるものを取捨選択します。

マイカーだったら10分休憩ねと言っても、ついつい何かを食べたり、だらだらと見たりして、結局30分いたりします。そして必ずこう言います。30分くらいは大丈夫。
しかし実際には、法定速度以上で走っても5分も縮めることはできないでしょう。
時速70Kmで走っているバスは20分間に約23Kmも進みます。たぶん次の観光地に着いているでしょう。このバスを時速100Kmで追いかけても5分間で2.5Kmしか距離を縮めることはできません。1分はとても大きな時間なのです。

鉄道でも高速で走るから速いと思われがちですが、違います。停車時間が短い、加減速をしない(カーブを速く通過する)といったことの方が、到達時間に大きく貢献します。
新幹線のぞみ号が時速270Kmで東京から大阪まで500Km以上走り続けても、時速230Km~250Km程度の遅い列車との差は数分しかありません。もし停車駅がひとつ増えれば、その差はなくなってしまう程度のことです。
マイカーでも高速道路の走行等で気がつくことがあるかもしれません。慌てて飛ばしても、意外と差はわずかなものです。
つまり移動距離に対する時間で差を詰めることは、よっぽど距離が離れているか、圧倒的な速度差がない限り難しいのです。

尾道の海を渡る連絡線。ここでは船が生活の足。

したがって効率を求めると、滞在時間の緻密な調整が大切だということになります。この前提として、到着時刻と出発時刻は明確になっている必要性があり、それを保証してくれるのが定時性に他ならないのです。
人間はけっこう怠け者なので、自分で律して行動するのはかなりの自制心が必要です。時間に追われているようでも、きっちり行動できるきっかけだと思えば、気分も楽になると思います。

ツアーや公共交通機関利用では、観光地ひとつひとつでの滞在時間が明確ですから、事前に調べます。そこでは全部見られない時の取捨選択も同時に行われます。
そうして実行する観光は真剣です。事前に訪れる目的と内容が明確になっているからです。
計画性がないスタイルを否定するわけではありませんが、私は旅行はやはり計画を立てて行くのが好きです。
これは一種のゲームなのです。乗継ぎや手段の選択はパズルのようですし、計画を立てる段階、そして帰ってきてからの整理の段階では、いろいろなことを勉強します。地域の歴史や実際に見ての風土など。
「見聞を広める」とはそういうことではないかと思うのです。

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