10 月 31, 2008

名古屋鉄道ダイヤ改正

カテゴリー: 私鉄 Japanese railway (not JR), 鉄道 railway — しっぽしゃっぽ @ 10:50 pm

名古屋鉄道から衝撃のダイヤ改正が発表されました。
ついに今年の12月で、7000系パノラマカーと1000系パノラマスーパー(両端が展望車の4両編成)が定期運用から完全に外れます。(ただし2009年度も臨時列車としては走る予定)

11月の新幹線0系、12月のパノラマカー、来年3月のはやぶさ、と私が子供の頃の憧れの特急は、揃って2008年度で姿を消すことになりました。
共通しているのは、どれもわくわくする車両だったということです。

パノラマカーは、鉄道ファンでなくても、名古屋の人なら誰でも思い入れがある車両だと思います。名鉄の象徴と言っても良いでしょう。
なんと言っても魅力は前面展望とミュージックホーンです。
まるで運転士のような気分になれるパノラマビュー、メロディの付いた警笛を鳴らしながら走り去っていく姿は、とてもかっこよかったのです。

個人的にパノラマカーの魅力はもうひとつあって、元々は特急用として開発された車両ですが、長い間、種別の区別なく使用されてきたという点です。
小さい頃から、特急でなくても、高速(※)、快速急行、急行、準急、普通といった種別にもパノラマカーは使われていました。
急行や普通はかなりお得感があります。特に普通は各駅停車にも関わらず前面展望車なのです。これは実際に乗ると衝撃的です。
今のミュートケットは設備利用料金らしいので、もう今後は特別車が普通等に運用されることは少ないと思いますが、多くの種別で運転されたからこそ、多くの人が乗ってパノラマカーを体験できたのだと思います。

※「高速」は昔あった、特急から少しだけ停車駅が多いだけの、運賃だけで乗車できる一番上位の種別です。私の子供時代は、特急は料金が必要で、岐阜-豊橋間の停車駅は、新岐阜・新一宮・新名古屋・金山橋・神宮前・知立・東岡崎・豊橋でした。高速が特急の停車駅に加えて停まるのは、国府宮、新安城だけだったと思います(国府にも停まっていたかも)。

最後にパノラマカーに乗ったのは2年前です。
犬山からの急行でした。小雨が降る夜間だったので、一番前の席を確保できました。
あんなにたくさん走っていたのに、消えてしまうときは一瞬ですね。

しかし今回のダイヤ改正は、とても良いと思います。
利用客のことを考えていると思いますし、確実に便利になるように思います。
特急主体のダイヤですが、ミュースカイ以外はすべての特急が一般車(特別料金不要)を連結します。
停車駅も増えますし、特にJRとの競合が少ない犬山線はかなり良くなっています。生き残りへの意気込みを感じます。
地味ですが、ミューチケットの乗継ぎ割引から乗継ぎ2列車まで350円のままで乗車できるようになる点もサービス向上です。

前面展望がなくなっても、ミュースカイの2000系などはかなり良い車両だと感じています。一応、画面で前面展望も見られますし、すぐに降りるのはもったいないような車両でした。
率直に言うと、名鉄もようやく車両、車内やサービスに力を入れ始めたという感じがしました。鉄道ファンとしての意見は別として、今の2000系、2200系、4000系、5000系といった車両は、一般の人には確実に現代の標準的な新車として認識されていると思うからです。
都市圏の輸送を担う鉄道としては、博物館のような車両を走らせているのもどうかと思います。世代交代はしなければならないし、今回のダイヤ改正は進化だと思います。
JRの313系だって速くて快適ですから。パノラマカーも当初はJRに勝つために生まれてきました。名鉄はまた挑んでほしいです。

今後の名鉄には大いに期待しています。JRと共存できるようにがんばれ!
そして近い将来、21世紀のパノラマカーを作ってほしいです。

10 月 29, 2008

車窓百景(46)~鹿児島本線・船小屋-南瀬高 Travel movie No.46 Kagoshima-line

カテゴリー: 車窓百景 view from train — しっぽしゃっぽ @ 9:00 am

鹿児島本線の船小屋~南瀬高間の車窓です。
「はやぶさ号」の最後尾から撮影したものです。

今回は、JR全線乗車のエンディングを兼ねています。
文字が多いので、1度では見切れないかもしれませんが、よろしくお願いします。

10 月 28, 2008

車窓百景(45)~山陽・鹿児島本線 Travel movie No.45 Sanyo, Kagoshima main line.

カテゴリー: 車窓百景 view from train — しっぽしゃっぽ @ 9:00 am

寝台特急「はやぶさ号」の旅の動画版です。
主に後半(日が出てから)の旅程になります。

登場する車窓は、山陽本線:埴生~小月間、下関~門司間、鹿児島本線の久留米駅手前、西里~崇城大学前間、等です。
東京駅での入線と、熊本駅での回送シーンも収録しました。

10 月 27, 2008

寝台特急はやぶさ号の旅(4) 最終回

カテゴリー: JR Japan Railway company group, 鉄道 railway — しっぽしゃっぽ @ 9:00 am

穏やかな日差しの中、適度な住宅地と、適度な田園風景が流れていきます。傍らには寄り添うように、ずっと続いている工事中の九州新幹線の高架が見えます。電化複線の線路を、頻繁に通勤列車がすれ違っていきます。
思っていたよりも緊張もなく、ごく普通に淡々と最後の区間の景色を楽しみました。

この区間は、特別景色が良いわけではありません。何か特別なものが見えるわけでも、列車の本数が少なくて、乗ること自体が貴重な線路でもありません。
ただ家々がまばらに繋がっている風景を見ながら、日本は本当に鉄道でずっと繋がっている国だなあと思い返していました。
こうしてひとつひとつの家の横を通って、それが次第に山になったり、川を越えたりして、繰り返していくうちに、全く知らない土地に続いているんだということを実感します。

夕べからずっと同じ車両に乗っていると、九州が遠くにあることがよくわかります。
物流が発達している日本は、ひょっとしたら、世界で一番、せかせかと移動し続けている民族なのかもしれないと、そんなことを考えました。
東京では片道1時間以上も通勤で移動し、ここ九州の食品が新鮮なまま都会に運び込まれて消費され、東海道新幹線では分刻みで600Kmも先に行く人たちを満載しているのです。
ちっともじっとしていないで、ぐるぐると走り回っている様子を想像したら、なんだかおかしくて笑いそうになりました。

それは「はやぶさ号」だから、気がついたことかもしれません。
もうこんな旅が出来る列車はなくなってしまうのです。新幹線や飛行機では気がつかないこともあるでしょう。
列車がなくなることよりも、そういう現代では贅沢になったひとつの旅の手段が失われることに、寂しさを感じました。

東京からここまで、「はやぶさ号」は多くの乗務員さんのおかげで走ってきました。
意外と知られていませんが、このような長距離列車を、最初から最後まで乗り通す人はお客さんだけです。
「はやぶさ号」の場合、お客さんに次いで長く乗ることになるのは車掌ですが、車掌も下関駅で交代します。
運転士はもっと頻繁に、通過するJR各社で交代するだけでなく、だいたい2時間程度の区間ごとに交代しています。ですので、時刻表で通過となっている駅でも停車して、運転士が交代しながら走ってきたのです。
列車の運行に多くの人の手がかかっていることも、廃止に追い込まれた原因なのかもしれませんね。

そして最後に、私を無事運んでくれたこの車両のことが気になって、デッキに出てみます。
そこにあったプレートを見て、思わず声を上げました。ひとつの区切りだから、こんなこともあるのでしょうか。
記念すべきこの「スハネフ14 5」という車両は、なんと私と同い年だったのです。
掲げられたプレートには、半分かすれてしまっていたけれども、しっかりと「昭和47年」と、私が生まれた年が書かれていました。

さすがに感動でじんと来ました。
この車両は作られてから私と同じだけの時間を生きて、ずっと走り続けて、お客さんを運んで、そして間もなく役目を終えようとしているのです。
それに比べて、私はこの車両が運んだ人の数よりも、ずっと少ない人数の役にしか立っていないのではないかと思うと、とても恥ずかしく思いました。
この車両に比べたら人間の寿命は長いです。まだまだこれから挽回のチャンスはあります。ここまで走ってくれた「はやぶさ号」のためにも、もっと頑張って行かなくてはならないと決意を新たにしました。

車窓が丘陵地帯に変わりました。
通過する駅名の看板を見ると「田原坂」と読めました。歴史上有名なあの田原坂です。熊本はもう目の前です。
荷物をまとめて、もう一度車両にありがとうと声をかけました。
林を抜けると、下りカーブを降りていきます。短い6両の編成ですが、曲がっている時には先頭の機関車が見えます。同い年の鉄道車両と鉄道ファンのラストスパートです。
もう日は天空高く上り、お昼ご飯の時刻です。車掌さんからの最後のアナウンスを聞きながら、最後の駅である上熊本駅を通過しました。
そして定刻通り、ゆっくりと熊本駅に終着です。一番最後に、一番最後尾のドアからホームに降りました。
列車はここでもさっそくファンに取り囲まれて撮影されています。
ありがとう寝台特急「はやぶさ号」。ありがとう日本国有鉄道とJR各社。
趣味人として、ひとつの夢が叶って、とてもしあわせです。

10 月 26, 2008

寝台特急はやぶさ号の旅(3)

カテゴリー: JR Japan Railway company group, 鉄道 railway — しっぽしゃっぽ @ 9:00 am

ぐっすり眠りました。車窓さんの放送で目が覚めました。
場所は一気に進んで山口県。岩国を過ぎて、柳井の手前あたりです。車窓に間近に迫った瀬戸内海が続いているのでわかりました。
雨はすっかり上がっています。すかっと快晴、ではなくまだ重たい雲が立ちこめていますが、西の端は雲が完全に無くなっているのが見えます。予報通り今日は晴れです。

夜が明けて本州最西端の県、柳井、下松、徳山、防府と再びこまめに停車していきます。
車内も慌ただしくなってきました。洗面所に行く人の列、そして徳山から始まった車内販売を買い求める列です。

食堂車がない現在では、車内販売はとても貴重です。本来はワゴンが車内を移動するのですが、ここでは客がみんな1号車の先頭まで並びに行くので、車内売店といった雰囲気です。
お弁当は飛ぶように売れていきます。おばさんがひとりで早朝から大忙し、携帯電話で次の停車駅に連絡しています。「幕の内と穴子10個ずつ。時間がないから急いで!」
追加注文もすぐになくなるので、大きな駅ごとに仕入れていきます。ですので、実は買う場所によってお弁当のラインナップが変わります。
私は徳山のあなごめしを購入しましたが、下関ではふく弁当なども購入できます。何人かで買い分けるのが正解かもしれませんね。

雲間から太陽光が差し込み、晴れ間がみるみる広がってきました。
厚狭を過ぎて、左手にカップラーメンの大きな工場が見えると、もうすぐ下関です。

下関は一大イベントの駅です。
まず、東京からここまでずっとこの列車を引っ張ってきてくれた機関車EF66がここで交代します。ここから先、九州に入ると交流電化になるからです。
青いEF66が切り離されて、赤いEF81が連結されます。これを見るのがひとつ。

もうひとつは、駅の立ち食いうどんです。名物のふぐがのったふくうどんは大人気。鉄道よりも食い気という人はこちらに走ります。
停車時間6分の間に、かなりの乗客がホームに降りて大騒ぎです。

私は機関車派。下関に到着する前から、あらかじめ先頭車両の前デッキに移動していました。
同好の人が何人かいます。みな考えることは同じです。
そこへ小学生の男の子が、お父さんのカメラを抱えて、お母さんに付き添われてやってきました。一生懸命撮るぞ。気合い十分です。お母さんは心配そう。
誰も一言も言葉を交わさないのに、ふと、そこにいた全員が少しずつ場所をずらして、その子を一番先頭、ドアの前に送っていきます。最後にそれまで一番前にいた人が、慌てなくても大丈夫、先に行けるからと声をかけます。
そう、みんな経験があるのです。別に良い人なんかじゃないんです。でも自分も子供の頃に、そうやって写真を撮らしてもらった記憶があるのです。なぜなら私たちは鉄道ファンだから。
だからいい年して、同じようにカメラをぶら下げて、機関車の横で待っているのです。君が大きくなったときに、まだ鉄道を好きだったら、JRが走っていたら、その写真はとても貴重なものになっているかもしれません。
こうしてひとつずつ順番がずれた少年たちは、ドアが開くと同時に飛び出していきます。
さっきの子は機関車に沿ってまっすぐに。大きな少年たちは彼を抜かさないように、少し弧を描くように外側から、ヘッドマークを付けた機関車の先頭へ。

ちなみにこちらは小学校1年の私が撮影した「はやぶさ号」の機関車の付け替え。
おそらく門司駅だと思います。子供がそのまま大きくなっただけで、やることは何も変わっていません。

東京駅ではヘッドマークが撮影できない位置だったので、下関駅はチャンスなのです。
EF66がゆっくりと離れていき、代わりに関門トンネルを通過する間だけ担当するEF81が近づいてきます。
ゆっくりと連結され、いよいよ海底トンネルに向かいます。

小学生の時、はじめて通る海底トンネルには興奮しました。魚が見えると思っていました。
でも現実は、海岸線すら見るのは難しいのです。それでも海の下を通っていると思うと、不思議な気持ちになります。
関門トンネルは世界初の鉄道海底トンネルです。ちなみに青函トンネルは世界最長の鉄道海底トンネルです。日本の鉄道技術の凄さを実感します。
かつてはここを牽引する機関車は銀色のステンレスでしたが、今は普通に赤い色をしています。
トンネルを抜けると、そこはもう門司駅のすぐ手前。ついに九州に上陸です。

ここで再び機関車が付け替えられ、さらにこれまでずっと一緒に走ってきた、「はやぶさ号」と「富士号」が切り離されます。
私が乗っている6号車も、それまで列車のほぼ中央部だったのですが、ここからは最後部になってしまいます。
長い停車の後、後ろに残された富士号を見ながら出発です。

九州に入ると次の博多までの間で、特急電車に追い越されてしまいます。
特急なのに特急に抜かれるのは、こちらが最高速度が遅い客車で、相手は最新の高速電車だからです。
新幹線だけでなく、在来線の高速化技術もめざましいものです。ここではもう寝台特急というよりも、まるで普通列車のような感覚です。ロートルの車体をがくんと震わせて、現役世代の特急が先を急いでいきます。

博多、鳥栖と相当数の乗客が降り、少し車内も閑散とした空気が漂い出しました。
もう日はすっかり高く昇り、空もきれいな秋晴れです。
巨大な鉄骨の足場が視界を遮っている久留米駅に到着。「はやぶさ号」の旅はもう終盤ですが、私にとってはここからが本番です。
さあ、いよいよJR線最後の未乗区間を走破するときが来ました。「はやぶさ」が停車する駅もあと2つ。大牟田と終点熊本だけです。

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