12 月 2, 2008

火の国の小さな鉄道(1)

カテゴリー: 私鉄 Japanese railway (not JR), 鉄道 railway — しっぽしゃっぽ @ 6:36 pm

阿蘇山と有明海に挟まれた街、九州熊本。
ここに小さな可愛い鉄道が走っています。熊本電鉄です。

熊本は市内を熊本市交通局が運行する路面電車が走っています。JR熊本駅前から路面電車に乗って繁華街まで行き、そこから街を少し歩くと熊本電鉄の藤崎宮前駅があります。
駅の名前にもある藤崎八幡宮はすぐ近くに鎮座しているのですが、駅は商業ビルに入ったパチンコ屋さんの奥にあります。
よく見ると「電車のりば」という看板が出ていますが、パチンコ屋さんの宣伝が派手なので見落としてしまいそうです。あやうく行き過ぎるところでした。

パチンコ屋さんに入るような形でゲートをくぐり、薄暗い通路を歩いていくと改札口があります。
向こうにホームがあって2両編成の電車が止まっていました。
ホームは乗車用と降車用の2本ありますが、線路は1本しかありません。来た列車が戻っていかない限り、次の列車は来られない状態です。

路線図を見てみましょう。
熊本電鉄には2本の路線があります。
ここ藤崎宮前から北熊本までの藤崎線と、上熊本から御代志(みよし)までの菊池線です。
ただし、実際の電車の運行は、藤崎宮前~御代志間をほとんどの列車が直通していて、北熊本~上熊本間が区間運行です。
一部の列車を除いて、上熊本へ行くには途中の北熊本駅で乗り換える必要があります。

御代志行きに乗車します。三連休でしたが車内の人はまばらです。
出発時刻になると運転士さんがやってきて発車。民家の軒をかすめるように走り出すと、いきなり路上に出ます。

えっ?地元の人でないとびっくりすると思います。
路面電車ではなくて普通の電車なのですが、踏切を越えたとたん、民家の玄関先と道路の境目がない場所をごろごろとゆっくり走っていきます。
人も車も鉄道も完全にバリアフリー状態で柵もないので、自転車とかが何かの弾みに電車に突っ込んでも不思議はありません。

たばこ屋さんの自家用車が店先に止まっています。車の後ろは電車の側方ぎりぎりです。
全国いろいろな鉄道に乗りましたが、こんなところを走る列車は初めてです。
路面電車ならこういうシーンもあるでしょうが、ずっと大きな普通の電車がガタゴトと走っていくのです。写真の家の大きさと比較しても、電車が大きいことがわかります。

かつて愛知県の犬山に、名古屋鉄道の普通の列車が車と一緒に路面を走る橋がありました。
地元だったので良く通ったのですが、そこでも橋の区間だけを、路面電車のように車道の中央を走るだけでした。
京阪京津線にも大型列車が道路の真ん中を走る区間がありますが、そこも道路の中央で、それなりに注意を促すペイントなどがあったように思います。
ここは家々の玄関前をかすめていきますので迫力があります。一歩外に出たらいきなり線路上です。
鉄道ファンならこういう場所に住みたいような気もしました。

ちなみに外から撮影した写真は、あまりに凄かったので電車を降りてから、わざわざ撮りに行ったものです。電車を撮影する私を、猫が怪訝そうな顔をして見ていました。

小さな駅をいくつか過ぎますが、どの駅も道路に面しているのではなく、道ばたの小さな空きスペースに隠れ家のようにして点在しています。こういうところを走るのは、なんだかわくわくします。
JR線の場合はどんなに小さな路線でも、もともと国鉄ですから一定の規格内にはまっているように感じます。しかし地方の私鉄は本当に地域密着というか、なんでこんなところを走るのだろうかという空間を抜けていきます。
まるで猫になって、民家の庭先を次々と移り変わっていくような走り方です。

北熊本駅に到着です。ここは沿線で最も大きな駅です。
構内には車庫があり、上熊本方面への線路が分岐しています。
日中は必ずここで接続があるダイヤになっていて、上熊本行き、藤崎宮前行き、御代志行きの3本の電車が、一同に会することになります。
乗り換えの人も多く、駅員さんもいて活気がありました。

北熊本を出ると、再び道路と民家の脇を走ります。
今度は道路との境目には一応ガードレールがあります。けれども相変わらず、距離は近いのです。
架線柱が木でできているのも時代を感じさせますし、踏切も多くが本当に鐘の音がするものでした。
たぶん普通の踏切の音しか聞いたことがない人がほとんどだと思いますが、スピーカーから出る電子音の「カンカン」という警報ではなくて、物理的に鐘を打ち鳴らすような「カチンカチン」という音なのです。火の見櫓みたいです。

やがて住宅地は少しずつ、今風の建築やマンションに姿を変えていきます。
そして幹線道路なのでしょうか。広い道の横を走ると、あっという間に終点の御代志です。
ここまで来た乗客は私一人。2両編成にたった一人で、ちょっと寂しいです。

ホームに降りてまたまたびっくり。ここもバリアフリーです。
駅前には道の他には何もありません。大きな建物もなく住宅が少しある程度。
駅のホームがそのまま駐車場になっています。

昔は行き違いのできる駅だったのでしょうか。片側のホームをつぶして広い駐車場にしたようです。
ホームには屋根がかかっていて椅子もありますが、椅子に座っている人は電車を待っていたのではなく、バスを待っていたのでした。バスが来ると全員が乗り込んでしまい、すぐに私一人になってしまいました。
乗ってきた運転士さんも脇の小屋に入ってしまい、私と電車だけがぽつんと取り残されたような雰囲気です。

電車の一部のドアは空いたままですが、誰も来ないし、静かな時間だけが過ぎていきます。

運転士さんが休憩する小屋の入口に置かれたペンギンの置物だけが、唯一の駅員さんです。しっかりと電車を見守っていて健気です。

時刻表を見てみましょう。
きっちり30分ヘッドのダイヤです。1時間に2本しかありませんが、私鉄ですので本数としては多いような感じも受けます。
でも生活に利用するには、最低でも倍の本数は必要でしょうね。

地元の人はこの電車のことを菊池電車と呼ぶそうです。そういえば路線の名前も菊池線でしたね。でも途中に菊池という駅はありませんでした。
実は昔はこの先の菊池温泉まで電車が走っていたそうです。しかし昭和61年にその区間が廃止になってしまい、ここ御代志が終点になりました。
現在は都市部のLRT化の構想があるようですが、費用の関係から計画は進んでいないようです。

12 月 1, 2008

中野で撮り鉄

カテゴリー: JR Japan Railway company group, 写真 photo, 鉄道 railway — しっぽしゃっぽ @ 10:08 pm

Gカフェさんに行った時に、中野駅近くのJRの陸橋から撮り鉄してみました。
ここは以前から気になっていた場所で、最近では珍しく端に金網等がなく、胸から上くらいの高さはフリーになります。
これはいい眺めなのではないかと思って登ってみたのですが・・・。

全然だめでした。

架線と電信柱が邪魔です!
ちょうど目の前を遮っています。
考えてみると電化された線路はあまり美しくないんですよね。ハイブリッド車両の普及等で、すっきりした綺麗な鉄路になるといいなと、勝手に思いました。

とは言っても、なんとか首をひねったり、カメラを傾けたりして、撮りましたので見ていただければ幸いです。

11 月 14, 2008

満州遙かなり(7)最終回

カテゴリー: 旅行 travel, 海外 abroad railway, 海外旅行 abroad travel, 鉄道 railway — しっぽしゃっぽ @ 8:27 pm

大連は街の中は晴れているのですが、港に行くとびっくりするほどの霧が出ていました。
一瞬先何も見えないくらいの濃い霧です。船乗りさんも怖いのではないかと思います。

大連港のタワーから見渡しますが、何も見えませんでした。残念です。
近くの貨物船には列車で運んできた荷物を積んでいるようでした。港のすぐ近くまで貨物列車が来る光景はいいですね。

満州国時代には星が浦と呼ばれていた、星海公園に行ってみます。ここも霧です。
遊園地になっていて、人々が遊んでいますが、海岸線は真っ白。

星海公園から近くに、初回に紹介した星海広場があります。

大連市の市政100周年を記念して、足跡が付いたモニュメントが置かれています。
子供から老人まで、様々な人の足跡を付けたと、石碑には日本語での案内文もありました。

大連港周辺は晴れていれば、すごく大きな港全体が見渡せます。
快晴の日、飛行機の中から見た大連港です。港の入口には船がいっぱいです。綺麗に並んでいます。

港が見えないとつまらないので、市内を観光します。
大連ヤマトホテル。中山広場の脇に当時のまま建っています。

瀋陽のホテルと違い、日本からの観光客が多かったです。
ちょっとの間に旅行会社の大型ツアーが何組も来ては去っていきます。

中庭には喫茶店がありました。

こちらも当時の写真が掲載されています。

中山広場から見た大連市街。高層ビル群が建ち並びます。

駅前近くの繁華街の様子。
繁華街を歩いているとなんだかとても懐かしい気分になります。しばらくして理由がわかりました。
日本の昭和50年代くらいの雰囲気と熱情に似ているのです。活気があって、賑やかで、かといってあまり統制されているわけでもなく、勢いがある時代。そんな感じが漂っています。
小学生の時、父や母と一緒に出かけた週末の繁華街を思い出します。良い時代だっなあと感じることは、私が年をとったということです。
でも、そんなノスタルジーを求めている方は、いまの中国がお勧めです。
自由で活気があって平和なのです。かつての古くさい姿はもうありません。

翌日も霧は晴れませんでしたが、旅順まで足を伸ばしました。
旅順は今でもロシアの支配下にある土地で、外国人向けの観光ツアーでないと入れません。ツアーは大連からたくさん出ています。
マイクロバスで203高地に向かいます。

203高地はその名の通り、高い山です。
本来ならここから旅順港が一望できるのですが、ご覧のように霧の中でした。

かすかに地上が見えるときもありましたが、すぐに霧が覆い隠してしまいます。
戦争をしのぶものが山頂に置かれています。
激戦があったとは思えないくらい、今は静かな佇まいです。

この後、旅順港、旅順駅にも行きました。
旅順は写真撮影が一切認められていないので、心のフィルムにだけ記録されています。
お見せすることはできませんが、旅順駅はとても旅情感のある駅でした。ロシア風の建物に、道路を挟んですぐ前が旅順港です。そこには今も軍艦が停泊していました。

さて乗り鉄です。
大連に帰って、市内のトラムに乗ります。

大連にはいくつかの路線があって、旅順へ向かう途中の郊外に向かう路線と、大連市内を走る路線に乗りました。

郊外に向かう路線は、まさにトラムという言葉が似合います。LRTのような最新式の車体で、緑化された専用軌道を走っています。

沿線には市街を抜けて、星海広場、星海公園の側を通り、企業の進出するエリアを通って、やがて海沿いの郊外へと続きます。
ラッシュ時には通勤客で満員です。

車内は清潔でとても綺麗でした。これも中国のイメージが変わる乗り物だと思います。

一方の市内線は、対照的にレトロな車両が多く走っています。
こちらはチンチン電車という言葉が似合うと思います。たまにLRTの最新式もやってきますが、ほとんどが昔ながらのレトロ電車でした。

車内も木でできています。ドアのフックも金具だったりして、昔ながらの車両がそのまま活躍しています。

両方をひとつの都市で楽しめるのは、鉄道ファンにとっても喜ばしいことです。
色は緑と赤があるようでした。ちなみに路面電車の運転士さんはすべて女性です。
中国は女性も第一線で大活躍しています。

今回の旅行は旧南満州鉄道というテーマでしたが、一番知ってもらいたいのは現代の中国です。
それはセピア色ではなく、華やかな原色の国でした。人間が多く、いろいろな面があり、地域によっても異なりますが、中国は確実に急成長しています。
海外の中では今行って確実に面白い国だと言えるでしょう。
特に中国があまり好きでなかった人、これまで悪いイメージを持っていった方には、ぜひ行っていただきたいと思います。

最後に帰りの大連空港でのエピソードをひとつ。
チェックインして空港内のお土産物屋さんを散策していたときのこと。つい数年前まではあまり買う気を起こすようなものさえ陳列されていなかった場所です。
綺麗な女性の店員さんが私にさっと近づいてきて、売り物のお菓子をひとつ、丁寧に包みを外して手をしてくれたのです。
「試しにおひとついかがですか?」
中国語ですが、彼女は確かにそう言ってにっこりと微笑んだのです。
衝撃を受けました。それは今までのこの国ではあり得ない光景だったからです。

まだ一部かもしれません。でも首都北京でない場所で、こういう接客が普通にできること。
明らかに中国は進化しています。前に進もうという強烈な意識を感じました。
その気になれば、人や国は変わることができる。未来に向かって努力している国が、すぐ近くにあることをとてもうれしく感じた旅行でした。

11 月 10, 2008

満州遙かなり(6)

カテゴリー: 旅行 travel, 海外 abroad railway, 海外旅行 abroad travel, 鉄道 railway — しっぽしゃっぽ @ 9:00 am

瀋陽は瀋水という川が都市の南を流れることから付いた名前です。
瀋水はホテルの近くを流れていました。

本日の列車旅は一気に大連まで移動します。
瀋陽北駅は朝から大変賑わっていました。

この駅は売店が多く、駅の通路にはたくさんの品物が並んでいます。

ところが私の乗る列車の待合室は、これまでと比較すると若干人が少ないようです。

改札口にもまだ誰も並んでいません。

インフォメーションを流すモニターも、ここでは営業していました。
携帯電話用ゲームのダウンロードの広告のようです。国が変わっても現代ですね。日本でも見たことがあるアニメの作品が写っています。

改札が始まったのでホームに降ります。
列車がたくさん停まっています。駅だなあという雰囲気です。
ここ瀋陽北駅では、北京方面への線路と大連方面への線路が分岐するので、このように多くの列車が集まるターミナルになっています。

こちらが本日の列車。
二階建と平屋の車両の混成編成です。適当に繋いだのか、でこぼこ編成ですね。

今回の列車は軟座(1等、グリーン車相当)です。
T536次新空調軟座特快の大連行き。乗車時間が約4時間と長いので軟座にしました。
瀋陽北始発で、瀋陽、鞍山、大石橋、大連の順に停まっていきます。

先頭の機関車もやや旧式タイプで、客車の列車という雰囲気があって良いです。

先に隣のホームから普通列車が発車していきます。

駅員さんと売店の売り子さんが列車を見送ります。

向こうのホームにはCRHが。今日は2編成を繋いでいるようです。

軟座の車内のご案内です。
私の車両は2階建て車両の2階席でしたが、2階は人がいっぱいでしたので、がらがらの1階の席の写真です。

こちらは平屋の客車の軟座席です。
硬座とあまり変わらないですよね。そうなんです。そんなに違いはありません。
新空調特快の場合には、ちょっとシートとカバーが掛けられている程度の差なのです。

写真をご覧いただいてわかるように、この列車はかなり空いています。
2階席はさすがにほぼ満席ですが、1階席と平屋の車両は空席が目立ちます。中国では珍しいです。今まで乗った列車で一番空いていました。

理由はCRHにあるのではないかと思います。
瀋陽北駅からはCRHで北京に直通で行けます。対して、大連方面へ行く乗客は少ないのだと思います。今も幹線であることは確かですが、北京行きに比べると、明らかに輸送密度は低いです。
日本でも新幹線ができると、在来線の駅が寂れるということはありますが、交通が人の流れを握っているのだなと思います。

空席が目立つまま発車です。
連続して次の瀋陽駅に停車するので、ゆっくりと走ります。
立体交差で北京方面行きのレールが分かれていきます。ちょうど北京行きのCRHがクロスして走り去っていきました。
瀋陽北駅は1990年代にできたばかりの新しい駅なのです。それまでは瀋陽駅や、瀋陽南駅が、この都市の中心的な駅でした。瀋陽北駅は、日本で言う新幹線の「新○○」のような駅なのかもしれません。

しかし、鉄道旅行好きにとってはこの列車が一番でした。

人が少ないので、車内をある程度自由に動けるようになって、左右の景色を見ることができるようになり本領発揮です。
やはり旅情感ある旅というのは、超満員では困ります。適度な人員が乗っているという状態がベストです。贅沢なことですが。

瀋陽駅を出ると、これまでとは少しずつ車窓が変わってきます。
広大な農地は相変わらずですが、山並みや荒野が見え隠れするようになります。

ここで時刻表の話をしたいと思います。
私は中国語は話せません。ではなぜ乗る列車や停車駅がわかるのかというと、時刻表で調べているからです。日本で乗り鉄をする時と同じです。

写真が中国の時刻表です。駅の売店等で普通に売られています。
日本のJRやJTBの時刻表と比較すると、圧倒的に薄くて小さいです。サイズはA5版のハンドブックですから、持ち運びには便利です。これで中国国鉄全線を網羅しています。
つまり、中国は旅客列車が極めて少ないのです。

中身はこんな感じです。だいたい1路線に付き、特快も快速も普客も、1日1本から数本しかないことがわかります。幹線でも数時間おきです。すべての路線がローカル線のようなのです。
時刻表はすべて中国語で書かれています。が、漢字であることと、見た目や読み方は日本の時刻表とほとんど同じですので、鉄道ファンなら何の苦労もなく読めます。全く違和感なく読めました。
最初の方に全国の路線図があって、次に特急だけの索引ページがあって、その後に各路線ごとの細かな時刻が掲載されているという順番も同じです。

駅や列車の見方も同じ。逆に駅数が少なく、各駅に到着時刻と発車時刻が書いてあるので便利です。
列車の運行時刻ですが、意外と正確です。分単位とはまでは行きませんが、概ね時刻通りに運行されます。ただ、たまに何かあると大きく30分とか遅延することもあります。

今回の旅行では、遅れた列車はこのT536次の大連行き特快だけでした。大連到着時に20分程度遅れただけです。

鞍山駅に停車。
ちょっと後ろの方の車両に移動してみます。

一番後ろは客車がぽつんと途切れているだけです。
すぐ下の線路と連結器が見えます。

すごい速度でどんどん景色が過ぎ去っていきます。日本の列車ではこういう光景は見られなくなりつつありますので面白く、ついつい見入ってしまいます。

地平線まで電化複線のレールが続いています。
すれ違う列車は多いのですが、ほとんどが貨物列車でした。
写真はタイミング良く走ってきた旅客列車。快速だと思われます。

支線からの普通列車を追い越したり(運悪く信号機が写ってしまいました)、いくつもの駅を通過して進みます。
なかなか停まらないので、特急列車だということを実感できます。

9時42分。大石橋駅に到着です。
向かいのホームには、瀋陽北を先に出発した快速が待っています。
この駅で接続して、特快のこちらが先に発車します。

大石橋を出ると本格的な山岳路線になります。既に遼東半島の一部に入ったことをうかがわせます。
哈爾浜からずっと続いてきた広大な中国といった風景とはさよならし、だんだんと山が迫ってきます。

気がつくと、線路は左右に激しくカーブを切りながら、険しい山を登っているのです。

集落も農村に代わり、牧歌的なムードが漂います。

川辺で水浴びをしている牛なども見られました。

通過する駅も、どこか田舎の駅といった雰囲気です。
瀋陽までに通過してきた駅とは趣が異なっています。

峠を越えて、少しずつ視界が開けてくると、向こうに新しい高架の近郊線が見えてきます。
大連に近づきました。

建物が増え、周囲が再び都市になってくると終着大連です。
大きな構内にたくさんの列車が見えます。
哈爾浜からの1000Km近い旅も終わりです。

大連駅に終着しました。
人々が列車から波のように吐き出されていきます。

列車の大きさを実感していただくために、ホームに止まっていたトラックと比較撮影してみました。
2階建て車両はこんなに大きいのです。2階建てでも圧迫感はありません。普通の車両が縦にならんでいる感じです。

大連駅。日本の上野駅を模して建てられた駅ですので、雰囲気が似ています。
これまでの中国の駅とは明らかに異質な印象を受けます。

駅前は同じく高層ビルが建ち並ぶ大都会。人もものすごく大勢いて賑わっています。

ちょうど哈爾浜行きの長距離バスが出るところでした。
今から私が辿ってきたルートを逆に走って哈爾浜まで行くのでしょう。

鉄道の旅はこれで終わりではありません。
大連を観光してから、まだ鉄道に乗ります。

11 月 9, 2008

満州遙かなり(5)

カテゴリー: 旅行 travel, 海外 abroad railway, 海外旅行 abroad travel, 鉄道 railway — しっぽしゃっぽ @ 9:00 am

瀋陽は古都で、日本の京都や奈良のような都市です。遼寧省の省都でもあります。
満州国時代の名前は奉天でした。

大変歴史が古い町ですが、中でも有名なのは後の清朝となる後金を建国した皇帝ヌルハチ(太祖)です。
彼が建てた宮殿は、現在では世界遺産に指定されています。まずはその瀋陽故宮を訪ねてみます。

故宮は時代ごとに東院、中院、西院に分けられています。東院がヌルハチの時代、中院が第2代皇帝のホンタイジ(太宗)時代、西院は清の入関後に離宮として建てられた時代のものです。
最初は中院の崇政殿を見学です。中には玉座があります。

柱や屋根の装飾など、どれも見事なものばかりです。

門をくぐって東院に移動すると、正面に八角形の大政殿という建物があります。
これは世界にひとつしかない建築様式によって建てられたものらしいです。
柱には金の竜がいて、天に向かって昇っていくところです。

大政殿の前は大きな広場になっていて、観光客で溢れていました。
故宮の中は花がきれいに手入れされていて、とても明るい雰囲気です。

2時間ほど様々な建物を見て回りました。

一度外に出ると、近くに繁華街があります。
オリンピック開催の前でしたので、至る所にオリンピックの広告やタイアップの企業広告がありました。

コーラの缶もこんな感じで、おめでたい塗装になっています。

また瀋陽では地下鉄が工事中です。
この繁華街を通るようで、こちらも看板が立っています。

続いて、先ほどの清の第2代皇帝太宗の古墳「昭陵」を見学に行きます。
こちらも世界遺産に指定されています。
瀋陽市の北の方にあるので、北陵とも呼ばれているところです。

入口をくぐって、いきなりびっくり。遙か彼方まで広い道が続いています。
いったい古墳はどこ?
お墓まで中国の大きさを感じます。

どうやら古墳の入口まで1.5公里(=1.5キロ)あるようです。
電気自動車が何台か客待ちをしています(有料)。うーん、乗ってしまいました。
往復で3キロ。ここまでもさんざん歩いていますから、これはきついですよね。旅行で無理をしてもなんですし。

歩いている人もいるのですが、自転車に乗っている地元の人も多いです。
1.5キロの間は公園になっていて、池にボートが浮かんだりしています。
やっと入口です。

石畳の通路に、大きな筆で水の漢文を書いている人がいました。
さすが古都。こういう風景は他の都市では見られませんでした。

ここから先がまだ長いのです。

途中に塔のような建物がいくつかあります。

建物の下をトンネルで抜けると、ようやく古墳の前の宮殿に着きました。

周囲を高い壁でぐるりと囲まれています。しかし、ここに古墳があるわけではないのです。
階段で周囲の壁に昇ると、やっと見えました。
宮殿の向こう側に盛り上がった土の山が。あれがお墓です。

形は日本の古墳と同じような円墳ですが、山の頂上に大きな木が1本生えている点が異なります。
なんとなく死者の魂を表現しているようで、荘厳な雰囲気でした。

最後は街の中、旧満州時代の遺産である旧ヤマトホテルを見学します。
ヤマトホテルは南満州鉄道が経営していた高級ホテルチェーンで、ここ瀋陽以外にも主要な都市にはありました。哈爾浜、長春、大連、旅順などにも残っています。

瀋陽のヤマトホテル(奉天ヤマトホテル)の特徴は、現在もホテルとして宿泊できて、レストランなどを利用できることです。
文化遺産ではありますが、現在も普通にホテル(3ッ星)として残っているのです。

実際にここのレストランで食事をしましたが、かなり当時の状態のまま残っているのではないでしょうか。
私は満州を知らないのでわかりませんが、できるだけ昔の建物のままにしてあるという感じです。

ロビーには満州当時の写真などが飾られていて、観光用の資料も整備されています。

中国の歴代の偉人たちも実際に使用しているようで、壁には利用した偉人のリストが掲げられていました。
毛沢東や鄧小平にも利用されています。

ホテルの前は中山広場です。
ロータリーにはひっきりなしに車が通っています。
中国では基本的に歩行者よりも車が優先なので、ロータリーを渡るのには慣れが必要です。ずっと待っていても永遠に渡れませんので、車の流れを見ながら車道に出て行く勇気が必要です。

広場の真ん中には毛沢東さんの像が建っています。
市民には愛されている広場なのか、老若男女様々な人たちが集まっています。
太極拳のようなのもをする人たちや、昭陵でも見かけた水で漢文を描く人もいます。若者たちも大変多いです。

食事が済むとすっかり日が暮れました。
あたりは綺麗にライトアップされています。

昔、とあることで中国の迎賓館に泊ったことがあるのですが、その時は夜中に停電がありました。
今はどうでしょう。この煌びやかな街の灯り。時代は流れました。ものすごく発展しています。

中山広場の賑わいも相当なものです。

個人的に歴史もあって瀋陽はけっこう好きになりました。
友人や会社の人にはここでお土産のお菓子を買ったのですが、なかなかおいしかったです。

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