1 月 4, 2009

雪の秘境を行く(1)

カテゴリー: JR Japan Railway company group, 鉄道模型 railroadmodel — しっぽしゃっぽ @ 3:27 pm

新年最初の列車旅は岩泉線です。

場所はこちらになります。

名前を聞いたことがある人も多いのではないかと思います。テレビや雑誌等でも紹介され、鉄道ファンの間では有名な路線です。何で有名かと言いますと・・・
本数が1日3往復しかないこと、それから誰もいない山の真ん中に駅があること、です。
秘境路線、秘境駅なんて言われています。運行しているJR東日本も連休に「秘境駅号」というイベント列車を走らせることがあるくらいですので、逆に「売り」にしているとも言えるでしょう。
昨年末に公共交通について書きましたので、年始は本数の少ないローカル線にスポットを当ててみたいと思います。

茂市駅の出口の上にはつららが

全国のJR線のうち、2009年1月現在で、定期便で最も列車の運転本数が少ない区間は1日3往復だけという区間になります。
該当する区間は全国に4箇所あって、北海道の札沼線の浦臼~新十津川間、福島県と新潟県を走る只見線の会津川口~只見間、島根県と広島県境をまたぐ木次線の出雲横田~備後落合間、そして、ここ岩手県の岩泉線の岩手和井内~岩泉間です。
ただし、例外的にちょっと面白い線として、休日に限っては、1日2往復しか走らない路線というのが都会の中にあります。しかも幹線の山陽本線で兵庫~和田岬間です。
ここは工場に通う人たちの通勤路線なので、休日は運転本数が極端に少なくなるのです。

ホームの隅にあるトイレも雰囲気がある

岩泉線は他の2区間と比べても、かなり乗りにくい路線とされています。3本しかない列車のダイヤが特徴的だからだと思います。
普通は3本ある場合には朝昼晩と走っているのですが、岩泉線の場合には、朝と夕と夜なのです。さらに1往復だけある区間折り返し便は早朝です。つまり日中は1本も列車が走らない路線なのです。
夕方の列車の復路は、冬季ではもう日が暮れてしまった後の時刻になりますので、この区間の風景を見られる時間帯に走る列車は、冬なら1.5往復、春~秋でも実質的に2往復しかないのです。
また岩泉線自体がローカル線の山田線から分岐している路線であるため、朝の列車に乗車するためには、どうしても地元に宿泊(前泊)しなければなりません。最も近い都市圏である盛岡市からでも、列車では朝の便には間に合いません。盛岡駅から出る山田線を全線通る列車の始発時刻はなんと11時4分です。

茂市駅の時刻表。接続する山田線もローカル線。

私も最初にこの路線に乗ろうと計画した時には、台風がやってきて山田線があさっり運行中止になり、乗ることができなかった思い出があります。
都会では「運転見合わせ」と言い方をしますが、地方では即「運行中止」です。とにかく本数がないので、一度やめたらその日は走らないわけです。
結局、夏でもだめならと思い、リベンジは敢えて真冬に行いました。

早朝の宮古駅ホーム

真冬に往復の景色を見られるのは朝の1往復しかありませんので、必然的に地元に前泊することになります。観光と地域にお金を落とすという意味では最高です。
岩泉線の始発駅は茂市(もいち)駅ですが、ここは小さな集落で宿の心配がありましたので、海岸沿いの宮古に宿泊しました。
あらかじめ宿の人に言っておいて、夜が明ける前に出発です。
早朝の宮古駅は静まりかえっていましたが、売店はもう朝の準備を始めていました。

早朝の宮古駅

三陸海岸の駅らしく、駅には大漁旗が掲げられています。
始発列車には何回も乗ってきましたが、この時間帯から列車に乗っている客層は、大きく分けると3種類です。
登山客、釣り客、乗り鉄。いずれも気合いの入った趣味人たちです。早朝の列車は趣味人が支えていると言っても良いでしょう。
ただし都会では、これに通勤客と前夜の終電に乗り遅れた酔客が交じります。

宮古駅ホームの大漁旗

余談ですが、登山客、釣り客同様に、乗り鉄にとっては早朝時間帯が最も重要です。
特に景色を見る必要がありますので、夜間は乗ってもあまり面白くありません。乗り鉄は早寝早起きで健康によいのです。
朝夕はラッシュで車内が混み合います。また午後は通学客で占有されてしまいます。したがって乗り鉄にとって、一番の時間帯は日中と早朝になるのです。
日中は列車が意外に少なく、長い路線を1本乗れれば良いというくらいです。となると短い路線や行きにくいところを乗るのは早朝にかかってきます。
実際に体感として、早朝にどれだけ乗ることができるかが1日の乗車効率を左右します。
ということで、宮古駅を出発した山田線の車内も、数人の乗客は全員が同好の方でした。おそらくそのまま岩泉線に乗り換えることは暗黙の了解です。

車窓に朝日が昇る

宮古から2~3駅過ぎると朝日が昇ってきました。今まで薄暗くてよく見えなかった車窓がはっきりと写し出されていきます。
7時前に茂市駅に到着。反対側のホームには岩泉線の列車が停まっています。私の乗った列車よりもさらに早朝に宮古を発車し、この茂市駅から途中の岩手和井内駅までを往復してきた列車です。
岩泉線はこのたった1両の列車が往復するだけの路線なのです。
以前は旧型の国鉄時代の車両が走っていましたが、今はキハ110形です。この車両も決して新しい車両ではないのですが、白いスマートなフォルムが雪景色にマッチしています。

岩泉線の列車

茂市駅の待合室ではストーブが赤々と燃えていて、とても暖かいです。

茂市駅待合室のストーブ

駅前には雪の中に昭和の光景が広がっていました。
まだ人気はありません。

茂市駅前

駅舎もどことなく優しさと懐かしさを感じるデザインです。
雪が積もって非常に美しいイメージになっていました。

茂市駅

12 月 18, 2008

1番ゲージってどういうもの?

1番ゲージの基本情報について、書いたことがなかったように思いますので、いまさらですが、簡単にまとめておきます。
写真で見ただけではわからないことも、イメージしやすいようにしてみました。

まず大きさです。
これは写真ではなかなか伝わらないなぁと思っていました。
写真では普通の鉄道模型と同じように見えますが、実際にはかなりの大きさがあります。走っているところはちょっとびっくりします。

1番ゲージと人間の大きさ比較

成城1番メンバーに車両を持ってもらいました。ヨーロッパでは普通の客車です。
持っている人は青いシルエットにしましたが、大人の男性で身長は約170cm程度の人です。
車両1両がこのくらいの大きさになります。

続いて重さです。
これも写真では全くわかりません。

E44

最初は標準的な機関車として、架線のテストでも使ったE44電気機関車です。
こちらの車両1両の重さになります。
車両によって重さは変わりますが、E44は普段「1番ゲージでは普通の機関車」と感じている車両です。

E44は6Kg

ずばり、6.0Kg(箱込み)と出ました。
箱は段ボールと発泡スチロールでできていますので、あまり重さはありません。機関車が5Kg台であることがわかりました。

E91

続いて重たい車両です。
成城1番では、そのあまりの重さから通称「月の石」と呼ばれているE91です。
持てないほどではないのですが、見た目が箱形で比較的小さいにも関わらず、ずっしりとした重量感があります。
実際に持ち上げた人がみんな、この形状でなんでここまで重たいの?と感じることから「月の石」とネーミングされました。

E91は9.6Kg

なんと、9.6Kgもあります(箱込み)。約10Kgです。
E44の1.5倍の重量です。やっぱり重たいですね。

ちなみにこれだけの重量になると、もう模型の範囲をだんだん超えるような現象が起こります。
まず脱線すると非常に危険です。
上記の重量はあくまで車両1両の重さであって、実際には何両かの編成で走ります。それだけの質量を持った物体が、けっこうな速度で走りますので、万が一脱線した場合には大きな事故に繋がります。

NゲージやHOですと「あ、脱線しちゃった」って感じですが、1番ではまさに「事故った!」です。
脱線した部分の線路は、最悪、分解したり壊れたりしますし、周辺のものも当たれば壊れるケースがあります。もし人に直撃すると怪我をします。
成城1番の運転会では、走行スペースの周囲から直近の線路まで最低50cm程度は距離を置く等、安全運行に努めていますが、むやみに走っている列車に手を出すと危険ですので絶対にしないでください。模型が壊れるのではなく、人間の方が怪我をする可能性があります。

長時間走っていると、列車の重みによる力の作用で、だんだんと線路がずれたり外れたりすることがあります。
ですので保線は非常に重要です。
運転会中も常時監視しており、線路のずれを直したり、力がかかってジョイントが緩くなり電圧降下を起こす箇所にバイパスを打ち込んだり、線路上の汚れ(油や摩擦による粉等)で通電状態が悪化する箇所を修正したりしています。

また、連結器がプラスチックのアーノルドカプラーなので、ここに負荷がかかり連結がうまくいかない車両が出てきます。
そういう場合には編成を組み替えたり、車両の位置を変えたりします。
特に長い下り勾配では、後ろの車両の自重がすべて前方車両の連結器に一気にかかります。
長編成が走るルートでは長い下り勾配は作らないようにしていますが、短くても下りきった部分にカーブがあったりすると、脱線の危険もあります。車両への負荷が少なく、見ていて楽しめる線形が、毎回試行錯誤されています。

最後にデジタルシステムとの接続です。

成城1番の運転システムは、メルクリンの新デジタル方式を採用しています。
管理がしやすく、運転会に来てくれた一般の方にも簡単な操作で運転を楽しんでいただけるからです。

HOではデジタルの説明はカタログにも掲載されていますが、1番はいまいちなので、今回基本の接続方法を紹介します。
1番ゲージでも、現在発売されているHOと同じモバイル・ステーションやセントラル・ステーションが利用できます。HOと兼用も可能です。
つまりHOからステップアップする人は、線路と車両だけ揃えれば1番ゲージも同じように遊べます。

6000トランス

日本用の6000トランス→セントラルステーション→線路と接続してみます。
トランスには、セントラルステーションからの線の端のコネクタを外して、線を剥き出しにしたものを使います。白い印の線を黄色の端子に繋ぎます(HOも同じです)。
ヨーロッパ用のトランスの人は、最初に変圧器を入れれば、そのままコネクタのままで差し込めるので、それでも構いません。

CSとの接続

セントラルステーションからは、付属の緑のコネクタを使用して、赤と茶色のリード線(1番ゲージ用)を出します。

線路への接続

リード線の先を、フィーダークリップで線路に繋ぎます。
1番ゲージはHOと異なり給電方式が2線式ですので、左右のレールにひとつずつ付けます。

列車の操作等はHOと全く同じです。
アイコンで操作できますので、とても簡単です。

操作方法はHOと同じ

12 月 17, 2008

1番ゲージ架線下走行シーン

昨日の架線区間を走る列車の様子を動画でご覧いただけるようにしました。

1台目はドイツのE44型電気機関車です。
重厚なサウンドが特徴です。

E44架線下走行

2台目は同じくドイツのE91型電気機関車です。
こちらは3連接の変わった形の機関車です。動輪にはSLのようにシャフトがついています。
ちなみにこのE91(模型)はとても重たくて、成城1番のメンバーの間では通称「月の石」と呼ばれています。大人で持ち上げるのはけっこう大変です。
E91はパンタグラフの自動昇降機能が付いています。動画でもご覧いただけますが、なかなか面白いですよ。

E91架線下走行

12 月 16, 2008

1番ゲージの架線工事

成城1番の保線主任(自称)として、より良い鉄道環境を目指すべく、架線の工事を行いました。
1番ゲージ自体が珍しいのですが、さらに架線を張ることは工費、工期の両面から難関でしたが、ようやく重い腰を上げたという感じです。
マイナーな1番ゲージ架線工事の様子をレポートします。

1番ゲージ架線

これが1番ゲージ用の架線です。
架線のマスト(支柱)と、架線自体は別売りになっています。
架線は長さが長いものと短いものがあります。長いものは直線区間、短いものは曲線区間用です。
今回は単純に直線区間に架線を張ります。
メルクリンの商品番号は架線柱が5632、直線用架線が5635です。

1番ゲージ架線

架線柱の箱を開けると、中身はこんな具合です。
予想以上にたくさんのパーツが入っています。ほぼすべて使います。
ちなみに架線柱は金属でできていて重量感があります。HOやZのものとは全く違う質感です。

1番ゲージ架線

中身は架線柱と土台、そしてねじ等一式が入った袋で構成されています。
ちなみに架線のお値段ですが高いです。単品の場合、架線柱が1万円切る程度、架線が3,000~5,000円程度ですので、距離1m辺り2万円~3万円の部材コストがかかります。オーバル一周すると・・・。
1番ゲージのように大きくなると、だんだんと本物の鉄道に近づいてきますが、電化する(架線を張る)かどうかは、ローカル私鉄に重い設備負担がかかります。今まで腰が重かった原因のひとつでもあります。

ねじとワッシャー

まずは袋から、大きなねじとワッシャーを取り出します。
メルクリンの説明書にはワッシャーのことは書いてありませんが、ここで使います。

土台

架線柱を土台に裏からねじで固定します。
この時点ではあまりきつく止めないようにしましょう。あとで調整する必要があります。

架線柱

架線柱が建ちました。

架線柱

この調子で先にどんどん架線柱を作ります。

金具

架線柱が用意できたら、架線を張ります。
袋の中から、写真の部品を取り出します。
1セットにつき写真の3つの金具パーツが入っています。

金具

普通の直線区間では、このうち写真の2つのパーツを使います(凹凸があるもの)。
凹凸のないパーツは、もう1本架線がある場合の2線分岐用です。また終端部にも使います(後述)。

金具を取り付けた状態

凹凸の面を組み合わせると、くぼみに架線を挟めるようになっています。
写真のように、ここに2本の架線を挟むことによって、架線の下側の線(パンタグラフが接する面)を繋いでいきます。

金具

最初に凹凸の金具を組み合わせて、軽くねじ止めしておくと楽です。

金具を取り付けた状態

架線を挟み込んだら、ねじをしっかりと止めます。

架線

架線が繋がったら、架線柱に取り付けます。
金具の横に穴が空いているので、そこに架線柱下側の針金を通してぶら下げます。
上側の線は架線柱の上のマストの穴に差し込むだけです。

正面から見た架線

正面から見るとこんな感じになります。
金具を前後に動かすと、線路上の架線の細かな位置を調節することができます。

架線

位置が決まったら、最後に金具の上側から、銀色の一番小さなねじを締めて、架線と金具を動かないように固定します。

架線柱と金具

アップで見るとこんな感じになります。

金具3つの組合せ

この要領でどんどん架線を張っていきますが、一番最後の終端部(車止めの上等の架線の終わり)は、架線が1本しかないので、別の金具も使います。
ちなみに終端部は固定しなくても、マストに引っかけるだけでも十分でした。
固定した時には、この方法で良いと思います。
3つの金具を組み合わせるか、または、凹の金具と平たい金具を組み合わせて、架線1本分の挟み込みができる部品を作ります。

終端部と金具

3つ使った場合はこんな感じで、1本分のところに、最後の架線を挟み込みます。

架線柱と線路

2つの架線柱の間の架線が張れたら、土台を線路に固定します。
枕木を挟むようにして位置を合わせます。

はめ込んだ土台

そのままレールの下に土台の足をくぐらせて固定します。
カチッとという感じではまります。

完成した架線柱

これで完成です。

必要な距離だけ、この作業を続けます。

上から見た図

上から見たところです。
きちんと線路の中央を架線が通るように、金具や架線柱の位置を微調整して、最終的にしっかりとねじを締めて固定します。
この最終調整までは、各ねじはやや緩めに止めておいた方が良いでしょう。
直線区間の場合には、架線柱は土台の一番後方に止めるのと綺麗に揃うようでした。

完成した電化区間

架線工事が完成しました。
写真で見るとHOとあまり変わらないように見えますが、実物は全然違います。圧倒的なディテールと存在感です。

架線下のE44

電気機関車(E44)を置いてみました。
うーん、本物っぽいです。

パンタグラフ部分

架線が金具で吊られているのが、本物の架線と同じで良い感じです。
列車が通っても問題ないかをしっかりと確認して下さい。
うまく張れていれば実にスムーズに動きます。

電化区間を走るE44

とてもリアル!
本物みたいです。

架線工事は大変です。時間もかかりました。
同じ距離なら、橋脚の工事の3倍くらいの時間と手間がかかります。
運転会で架線を張れと言われたら、正直なところちょっと・・・という気がします。
しかし、それを補って余りある臨場感はありました。一度張ってあるシーンを見てしまうと、架線がないと全く物足りないです。
でもどうでしょうか。距離にもよりますが、オーバル1周なら一人作業だと数時間くらいはかかるかも。
ポイントが多数あると大変ですし、HOに比べて架線パーツが少ないので、複線以上の線幅や複雑な線形では自作の架線柱も必要でしょう。
運転会ではオーバル1周くらいにとどめたいです。それでも保線区としてはかなり頑張らないと。

7 月 10, 2008

木次線の旅その3 The travel of Kisuki line #3


神話の世界へようこそ。
今日は奥出雲おろち号にまつわる神話のお話です。木次駅に設置されている看板に書かれている神話を、おろち号の列車を背景に紹介します。
Today, I will tell you the legend of “Orochi” in Izumo area. There are some story boards of the legend in front of the train “Oku-Izumo Orochi” at the Kisuki station.


奥出雲おろち号の「おろち」とは、伝説の大蛇「八岐大蛇(やまたのおろち)」のことです。
木次の町を流れる斐伊川流域にはたくさんの大蛇伝説が残っています。
The word “Orochi” means the huge snake (oriental dragon) of the legend. It was called “Yamata no Orochi.”
The stroy of the dragon legend is handed down from generation to generation in the Hii basin flowing through the town of Kisuki.


素戔嗚尊(すさのおのみこと)が神の国である高天原から出て出雲の国までやってくると、老夫婦と一人の娘が泣いていました。
老夫婦の名は、脚摩乳(あしなづち)と手摩乳(てなづち)、娘の名は奇稲田姫(くしなだひめ)と言います。
泣いている理由は八岐大蛇です。毎年ひとりずつ娘を大蛇に生け贄に捧げて、今年はこの姫の番になりました。しかし、何も打つ手がないのです。
A long long time ago, “Susanounomikoto” the son of god desended from the heaven “Takamagahara” and came to Izumo. An old couple and a daughter were crying.
The old man’s name is “Ashinazuchi” and her wife’s is “Tenazuchi.” The name of the their daughter is “Kushiinada.”
They said that the evil dragon “Yamata no Orochi” had killed their eight daughters evry year. “Kushiinada” will be killed in this year. The old couple cried out for help, “We don’t know what to do. We can’t do any more.”


素戔嗚尊は大蛇を退治することを決意します。
そこで脚摩乳と手摩乳に、八つの壺に酒を入れて用意するように言いました。
八岐大蛇はは八つの頭としっぽがあり、その胴体は八つの山と谷に広がっていて、背中には松や柏が生えていました。大蛇は酒の壺を見つけると、それぞれの壺に頭を突っ込んで呑み始めます。そして、やがて酔いが回って寝てしまうのです。
その隙を見計らって、素戔嗚尊は剣で大蛇をずたずたに切り刻みました。こうして大蛇を退治したのです。
大蛇のしっぽを切る時に、剣の刃が少し欠けてしまいました。不思議に思った素戔嗚尊がしっぽの中を調べると、そこに1本の剣が見つかりました。その剣は「天の叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)」です。
この剣は現在は「草薙の剣(くさなぎのつるぎ)」となり、皇位継承の証である三種の神器のひとつになっています。
Susanounomikoto determined to defeat the evil dragon.
He requested the old couple, “Bring eight casks of sake to the dragon.”
“Yamata no Orochi” has eight heads and tails, and is lying down on the eight mountains and eight valleis. There are many pine and oak trees on its back.
The dragon drank off eight casks of sake and drank itself insensible.
Susanounomikoto choped down the dragon with his sword while it was stupefied with drink. He rided the dragon.
The edge of his sword chipped when he attacked the tail of the dragon. There was a something hard inside of it. It was the sword of “Amenomurakumo.”
The sword of “Amenomurakumo” named the sword of “Kusanagi” by Susanounomikoto in another legend of him. It is the one of the three Sacred Treasures symbolizing the Japanese Imperial throne.


大蛇を退治した素戔嗚尊は奇稲田姫と婚約します。
そして結婚によい場所を探して、須賀(すが)という場所に着きました。ここで奇稲田姫が「ああ、私の心はすがすがしい」と言ったので、ここに宮を建てました。
このとき素戔嗚尊は姫に対する気持ちを恋歌に詠みました。その音が五、七、五、七、七だったので、これが日本の和歌の始まりになったとされています。
Susanounomikoto engaged to the princess Kushiinada.
They searched for a land to live and finally found it in Suga area. They built the house there because Kushiinada said that what a refreshing place it was! Refreshing means “sugasugashii” in Japanese. “SUGA” area and “SUGA SUGA shii” are play on words in Japanese.
Susanounomikoto composed a poem of love for her. The poem was the first Japanese poem “Waka” because it consisted of five, seven, five, seven and seven words.

この神話に出てくる「天の叢雲剣(=草薙の剣)」は、現在は、名古屋市の熱田神宮にご神体として祀られています。
名古屋は私の故郷なのでなんだか「ご縁」を感じます。私はかつて学生時代に島根出身の彼女がいました。私はその姫とは結ばれませんでしたが、おろち号に乗ってふと不思議な縁に思いを馳せました。彼女はいまも元気にしているでしょうか。
日本には、他にも数多くの神話や伝承が残されています。
鉄道に乗って、そんな各地の神話を訪ねてみるのも、また一興だと思います。
The sword of “Kusanagi” in this legend is enshrined in Atsuta Shrine in Nagoya city now.
Since I was born in Nagoya, I am familiar with this sword. When I was at the university, I had a girlfriend who was born in Shimane prefecture. We didn’t get married, but I suddenly remembered her on the train. I hope she is well now.
There are a lot of legends and folklore in Japan.
How would you like to go on a trip to places of legend by train?


さて木次駅を出た「おろち」号はいきなりトンネルに入ります。
先頭のトロッコ車両からは前方のパノラマが存分に楽しめます。トンネルを抜けるとそこには何が見えるでしょうか。
The train “Oku-Izumo Orochi” left the station, and went into a tunnel soon.
We can see the very fine views in front of the windowless coach. I am looking forward to seeing a vista beyound the tunnel.

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