列車で青函トンネルを通る

 それでは実際に青函トンネルを通ってみよう。青函トンネルを通過する定期旅客列車は、2007年10月現在、すべて在来線の特急列車である。普通列車は1本も通らないため、この区間(蟹田駅〜木古内駅)だけを乗車する場合には特急料金を支払わなくてもよく、普通運賃だけで乗車できる特別な区間になっている。ただし、蟹田駅か木古内駅を通り過ぎて、それ以前やそれ以降まで乗車してしまうと、全区間分の特急料金が必要になるので注意したい。(実際に利用するには蟹田、津軽今別のうちいずれかと、知内、木古内のうちいずれかの駅に両方停車する特急に乗らなくてはならない)
 青函トンネルを通過する列車は、昼間の特急と夜間の寝台特急に分かれる。東京や大阪、または札幌から直通するには寝台特急が便利だが、いずれも青函トンネルを夜間に通過してしまうので、景色を楽しむには昼間の特急である「白鳥号」または「スーパー白鳥号」に乗るのがおすすめだ。本数もほぼ1〜2時間に1本程度は走っている。

 青函トンネルのある線路は津軽海峡線と呼ばれている。これは愛称で、正式には青森側から、津軽線の一部、海峡線、江差線の一部、函館本線の一部の4つの路線から構成されている。津軽線だけがJR東日本の路線で、ほかは青函トンネル自体を含めてすべてJR北海道の路線である。
 津軽線や江差線はもともとローカル線だった線路を電化、改良しただけなので、現在でも単線で列車の行き違いが頻繁に行われる上、右に左に激しくカーブしながら走っていく。対して海峡線は新幹線の規格で設計されているため全線が複線になっており、高架とトンネルの連続でカーブも非常に緩やかで、揺れが少なく高速走行が可能になっている。函館本線は、五稜郭〜函館間の最後の一駅だけで、もともと複線の函館本線をここだけ電化して利用している。

 では青森駅から特急スーパー白鳥号に乗って青函トンネルを通過し、北海道へと旅行してみよう。青森駅を出発した列車は進行右側に急カーブを繰り返しながら、津軽線へと入っていく。八戸方向からそのまま乗ってきた人は、青森駅がスイッチバックになっている関係で、列車の進行方向が反転する。スイッチバックになっている理由は青函連絡船があったからだ。昔はここでそのままレールが桟橋に停まった連絡船へと続いていた。港につっこむ形で終着していたのだ。
 最初はのどかな田園風景の中を津軽半島を北進する。津軽線内は元ローカル線のため単線でカーブもきつい。列車によっては停車駅でないところでも停まって、反対列車をやり過ごしたりしながら進んでいく。やがて右側に青い海原が姿を現す。陸奥湾である。対岸には下北半島や北海道が見渡せる、ここが津軽海峡だ。
 海を眺めていると程なく蟹田駅に到着だ。青森から約30分。時刻表では蟹田駅に停車しない列車でも、乗務員の交代(JR東日本の乗務員とJR北海道の乗務員の交代)があるため、実際にはほぼ必ず停車する。

 青函トンネルの通過を体験したいという人は、ここらへんでそろそろ起きて準備をした方がよいだろう。蟹田を発車すると、次の駅が中小国だ。この駅はJR東日本とJR北海道の境界駅だが、本当に小さな無人駅で、青森→函館の場合は進行方向左側に小さなホームがちょこんとあるだけなので見落とす場合も多い。しかし青函トンネルに入る瞬間を味わうためには重要なランドマークになる駅なので、できれば確認しておきたい。
 中小国を通過すると、列車は速度を落として左右に揺れながらポイントを通過する。新中小国信号所に到着だ。新中小国信号所は田んぼの真ん中に左右何本かのレールがあり、列車の行き違いができるようになっている場所である。ここでJR北海道の線路に入ったことになる。今まで走ってきた津軽線が左に細々と分岐していき、列車は右に緩やかにカーブしながら高架線を上っていく。
 すぐに最初のトンネルに入るが、ここからが高規格で作られた海峡線の区間だ。複線になり、線路の状態も良くなるので列車の速度が上がる。また、揺れが一気に少なくなるのが体感できる。海峡線の区間は新幹線がすぐにでも走行できるように設計されているが、現在はそこに在来線の線路だけを敷いて走っている。在来線の列車からするとオーバースペックなほど状態の良い線路を走行するわけだ。
 いよいよ青函トンネルが近づいてきた。青函トンネルの前後には、本州側、北海道側ともにいくつかのトンネルが連続している。そのため、いつ青函トンネルに入るのかが非常にわかりにくい。中にはせっかく楽しみにしていたのに、あまりにトンネルが多くて飽きて眠ってしまい決定的瞬間を見逃したという人や、知らない間に青函トンネルに入ってしまってがっかりしたという人もいる。昼間の特急である白鳥号やスーパー白鳥号では、各車両についている電光掲示板に「まもなく青函トンネルに入ります」という案内が表示されるようになっている(特にスーパー白鳥号では前後のトンネルの名称等も含めて、かなり詳細な案内が表示される)が、夜間の寝台特急ではそういう案内はない。そこで誰でも確信できる青函トンネルの入り方を紹介しよう。

 まず青森側から入る場合。新中小国信号所は一番見分けやすいので、ここからカウントを開始する。新中小国信号所を過ぎると高架になり右にカーブして最初のトンネルに入る。ここから通過したトンネルの数を数えていくこと。
 トンネルを2個通過すると(2個目のトンネルはかなり長いので寝てしまわないように注意)、小さな駅がある。津軽今別駅だ。本州側最後の駅で、JR北海道の駅の中では唯一本州にある駅である。この駅を通過したら(津軽今別に停車する列車に乗った場合にはここから数え始めても良い)、またトンネルを数えよう。津軽今別駅を通過してから8個目のトンネルが青函トンネルである。まとめると、新中小国信号所→(トンネル2個通過)→津軽今別駅→(トンネル7個通過)→青函トンネル、である。
 青函トンネルの入り口(入ってすぐのところ)の下には、青い蛍光灯が何本かついているので、それで青函トンネルを見分けることができる。また、ほとんどの列車が青函トンネルに入るときには汽笛を鳴らしてくれるようである。
 青函トンネルに入ると、あとは約40分ほどずっと暗闇のままである。トンネル内は気温と湿度が年間を通してほぼ一定なので、冬なら車内の温度がぐっと上昇する(トンネル内は20度ほどになる)。そのため、暖房から通風にエアコンが切り替わったりする。また窓ガラスが曇ったり、水滴がついたりすることもある。

 ちなみに青函トンネルの中を走行している時は、とてもうるさい。轟音がするという表現が近いほどなので、敏感な人は耳栓などの何らかの対策をおすすめする。特に寝台列車では起きてしまうことがあるので要注意である。
 10分ほど走るとで蛍光灯がいくつも並んでいる場所を通過する。ここが竜飛海底駅である。この駅から先、吉岡海底駅までの間が本当に海底部分を走行する区間だ。ちょうどこの駅の位置が地上では波打ち際になっている。
 さらに10分ほど走ると、列車の足下に青と緑の蛍光灯がついている区間を通過する。蛍光灯の数が少なく一瞬で通過してしまうので、気をつけて見てほしい。ここが青函トンネルの最深部。海面下240mの地点だ。今あなたの頭上には約100mの海底の地面があり、その上に140mの厚さの津軽海峡の海水が広がっている。日本の鉄道で一番深い部分を通っているのだ。
 また10分ほどすると、再び蛍光灯が並んだ区画を通過する。吉岡海底(臨時)駅。北海道側の海と陸の境界点である。ここからは出口を目指して、北海道の大地の下を走っていく。そして最後の10分の暗闇を通過すると突然光が差し込んでくる。ついに北海道に出たのだ。
 北海道に出るとすぐに知内駅を通過する。そしてトンネルを8個通過すると木古内駅に到着だ。ここからはまたローカルの旅に戻る。江差線である。線路は単線に戻り、海岸線に沿って左右に何度もカーブする。車両もかなり揺れる。やがて車窓右手に函館山が見えてくると、五稜郭、そして終着函館はすぐそこだ。

 今度は反対に北海道側から青函トンネルに入るまでを紹介しよう。木古内駅を出ると列車はすぐに高架の海峡線に入る。トンネルを8個抜けると少し開けた場所になり、知内駅を通過する(もちろん停車する列車もある)。知内駅を出発して次のトンネル(最初に入るトンネル)が青函トンネルである。こちらの方がわかりやすい。
 正確には、知内駅を出て最初に入るトンネルは青函トンネルではなく、湯の里第一トンネルという長さ1.2Kmのトンネルであり、これに続いて非常に短いシェルターに覆われた区間(川を乗り越えている)を挟んで青函トンネルになるのだが、乗っている人にとっては併せて1本のトンネルのようにしか見えないし、車内案内でも最初のトンネルに入ったときに「青函トンネルに入りました」と表示されるので、そういう解釈で良いと思う。
 こちらにも青い蛍光灯が足下についているので、それで判別することができる。木古内駅→(トンネル8個通過)→知内駅→青函トンネル(正確には湯の里第一トンネル)である。

 

吉岡海底駅を見学

 青函トンネルの入口は青森県側であり、出口は北海道側である。これはそう定義されているからだ。しかし歴史上、青函トンネルを最初に掘り始めたのは、現実の青函トンネルの入口でも出口でもない、北海道の福島町吉岡である。津軽半島と対面した渡島半島の先に位置するこの小さな漁村(当時)。ここから海底に向かって斜坑を掘ることによって青函トンネルはスタートした。
 現在の吉岡には青函トンネルの入口も出口もない。地中深く、海面との境界地点に吉岡海底駅があり、そこにわずかにその名を留めるのみである。だが今から40年以上も前に、この小さな集落の英断がなければ青函トンネルは開通していなかった。
 吉岡は漁の村であることをやめ、トンネルの基地として一大変貌を遂げた。男性はトンネルを掘り、女性はそのサポート業に従事したという。一時は巨大な宿泊施設や工事現場があった吉岡も、今はまた元の静かに集落に戻っている。そして1日何本も遙か地面の下を駆け抜けていく列車を見守っているのだ。

 この福島町吉岡に敬意を払って、トンネル見学は吉岡海底駅からはじめてみたい。そんな思いがあって吉岡海底駅に向かった。なお、2007年現在では吉岡海底駅は臨時駅となり、見学を含めて一般の乗客が降りることは全くできなくなっているので注意していただきたい。北海道新幹線の工事をするための基地となるからだという。いま吉岡は再び、北海道に希望を導く拠点となろうとしている。
 私が吉岡海底駅を訪れたのは2005年の秋である。当時はまだ見学が中止になることも発表されておらず、見学者は極めて少数(私を含めて2人)だった。そのため、特別に普段は見学できない場所も案内していただいた。またそのときに、吉岡海底駅が見学中止になることをJR北海道の職員の方から伺った。静かな、普段の青函トンネルの様子が見られる貴重な機会に恵まれたことに感謝したい。
 真っ暗な空間の中で列車は徐々に速度を落とす。やがてガタンと軽いショックを残してトンネルの中で停止する。吉岡海底駅に到着だ。青函トンネル内にある2つの海底駅はトンネル見学のための臨時駅で、降りるためには前日までの見学整理券の申し込みが必要である。
 車掌さんがトンネル施設の職員と協力して、車掌室横のドアだけを手で引っ張って開けてくれる。「今日は2名です」と物好きな見学者を降ろすと、列車は瞬く間に闇の中に消えていった。

 海底駅のホームは幅がほとんどない。もともとは人を降ろすための駅ではなく、緊急時の避難施設なのである。ぴったりドアの位置にある横穴を通って、青函トンネルと平行している別のトンネルへと案内される。ここは作業抗というトンネルで、工事中は本抗に先行して掘られたトンネルだが、現在は青函トンネルの保守作業をするためのトンネルである。
 トンネルの中に降りて、最初に感じることは気温が高いということである。湿度もかなりあり、じめっとする。まるで夏のジャングルの中にいるような感覚である。北海道の外は雪が積もっていたからギャップの大きさに驚いた。コートを着ていたが、すぐに脱がなくてはならないほどだ。ここでは他の荷物も預けて、これから約2時間、JR北海道の職員の方に案内されてトンネル内を見学する。
 まずは先ほど私を乗せてきた列車が通った本抗(青函トンネル本体)を見学に行く。作業抗と本抗は海底駅のある位置では、何本かの小さな連絡トンネルでつながっていて、すぐに本抗に出られる。連絡トンネルの位置は、緊急時に新幹線の列車が停車した際に、ぴったりとドアの位置と重なるように設計されているとのこと。そのため今回のように見学の時には、在来線ではたった1カ所のドアしか開けないそうだ。
 本抗はとても広い。トンネルという窮屈感は全くしない。高さは3階建てのビルがすっぽりと入るほどの大きさがあり、ゆるやかにカーブをしながら奥まで続いている。そう、青函トンネルは、実はまっすぐ掘られているのではなく、地質の良いところを選んで大きくS字を描くように海底を走っているのだ。
 ホームの端に立っていると肌に風を感じる。青函トンネル内では換気のため、常に一定の風(風速1m/s)がトンネル内に送り込まれいてる。風は本抗を流れるだけではなく、火災発生時に海底駅に避難した人が煙に巻かれないように、作業抗から本抗に向かっても流れ込んでいる。
 本抗には海峡線のレールが通っている。上下で2本の線路が続いているが、スラブ軌道と呼ばれるコンクリートの枕木に直結する方式で固定されているため、地上の線路で見られるような砂利は一切撒かれていない。またコンクリートの枕木に対して、線路全体が外側にずれた状態で敷設されている。これは在来線のレールの幅が新幹線よりも狭いため、将来的に新幹線を通した際には、内側にもう1本レールを敷いて、3本のレールで、在来線と新幹線の両方を走らせることができるように設計されているからである。いま目の前にあるレールは、トンネルの入口付近から出口付近まで、約52Kmに渡ってずっと1本のレール(スーパーロングレール)である。トンネル内では通年の温度差がほとんどないからできる方式であるが、本州から北海道が本当に1本のレールでつながっていることに驚きを感じた。

 トンネルのスケールに感動しながらあたりを眺めていると、突然、ブーッ、ブーッとブザーが鳴り出した。緊急事態か!?と思いきや、列車が接近することを知らせる警報だという。列車が4Km先まで接近すると鳴り始め、2Km先で音がさらに大きくなる。やがて周囲がヘッドライトに照らし出されると、トンネルの中を特急白鳥号が走り去っていった。
 ものすごい風圧がくるのではないかと身構えていたが、実際にはあまり感じない。駅のホームを電車が通過するときよりもずっと軽い感じで通り過ぎていった。これもトンネルの大きさのせいなのだろう。白鳥号は比較的ゆっくりした速度で通過していく。
 青函トンネル内は中央部付近に向かって、両側から20Km以上もずっと長い一定率の勾配が続いている。坂の傾斜は一律12パーミル。1km進むと12mの高低差がつく傾斜である。とんでもなく急坂というわけではないのだが、これが20Km以上も連続しているとなると話は別である。一般的に坂道が20Km以上も続く地形など、日本の地上では存在しない。そういう場所を走れるように設計された列車はないのだ。
 そのため、青函トンネルを走行する列車はすべてモーターを強化した特別な車両となっている。白鳥号はもともと国鉄時代の特急列車を改造した車両を利用している。最新型ではないため、長い上り坂をずっと走り続けて来たため、速度がゆっくりになっているのだ。意外なところで青函トンネルの過酷な状況を目の当たりにできた。
 ちなみにこの傾斜であるが、新幹線が走った際に入口で時速200Km/hでトンネルに入った場合に、最終的にある程度の減速でトンネルを抜けられることと、トンネルの全長の距離の双方を考慮して計算された数値らしい。全部で何案かあった中から採用されたとのことである。
 この他にも、全長が53.85Kmもあること、海底トンネルであって逃げ場が全くないことなどから、様々な特殊な設備が用意されている。例えば、トンネル内には数多くの熱源感知器が走行している列車に向けられて、函館の運転司令室で常時監視を行っている。万が一列車火災があった場合には、スプリンクラーで消火に当たると同時に、最寄りの避難所(吉岡海底駅か竜飛海底駅、または地上の駅)に列車を誘導する準備が整えられる。そのため見学コースはすべて禁煙である。もし隠れてたばこを吸ったとしたら、人間は見つからなくても火災報知器に発見されて、全列車がすべて停止してしまう仕組みになっている。過去に実際にそういう事例があったそうである。

 

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