富山、高岡と大伴家持

 朝、目が覚めると雨がひどく降っていた。本来なら立山に登る予定の日だが、室堂に行くまでもなく下山することを決定。バスの予約を変更し、美女平に向かう。
  40分ほどバスに揺られて美女平に着く。ここまで来ると、大きな樹が茂った樹林地帯になっており、高山の風景は完全に消失してしまう。
 美女平から立山まではケーブルカーで降りる。こちらのケーブルカーは、黒部ダムを造るときにも利用したという貨車が、客車とは別についている。これも珍しい。最大斜度29度という斜面をごとごとと下っていくと、木々の間から建物の赤い屋根と駐車場が見えてくる。終着の立山駅である。
  立山には登っていないが、アルペンルートはこれで踏破完了である。

 立山の駐車場から、友人の車で一気に富山市内まで移動。予定を変更して、友人宅に荷物を預けて、そのまま富山観光に出かけることに。
  富山は広くて平らだ。どこまでも見渡す限り平野が続いている。あまりに広いためか、家も1軒1件が大きく、他の都市のように家と家が隣接して建てられているのではなく、かなり離れてぽつぽつと建っているように見受けられる。統計的にも、日本有数の富裕県で、富山人の家が一番大きいそうだ。
  そんな富山を友人(東京在住)がひとつひとつ丁寧に案内してくれる。この案内がまた素晴らしい。富山の歴史から名所、おみやげ物や、特徴、逸話に至るまで、観光ガイドさんよりも詳しく、面白い。私は名古屋市出身で、人並みに名古屋を紹介することはできるつもりだったのだが、名古屋市を案内しろと言われて、こんな風にできる自信がない。ふるさとを愛しているからの特技だろうか。本当に脱帽した。

 その素晴らしい案内で、最初に向かったのは高岡大仏。高岡市内にある大仏殿だ。
  街の真ん中にあるのだが、屋外に大きな大仏様が鎮座ましましている。なんでもこの大仏様、奈良の大仏、鎌倉の大仏と並んで、日本三大仏のひとつなのだそうだ。が、どこにも宣伝したり、飾ったりする雰囲気はなく、実に素朴で自然である。
 次に、瑞龍寺を訪れる。瑞龍寺は、加賀藩二代藩主前田利長公の菩提寺で、山門などが国宝に指定されている。
  まずはっとするのが山門をくぐった寺の内側。正面に仏殿を構えた境内が、鮮やかなグリーンの芝生で彩られている。これが建物の焦げ茶、敷石の白と相まって非常に艶やかなのだ。雨が降っていたため、色彩はさらに美しく映え、日本のお寺のイメージが一新される。
  国宝の仏殿はきわめて珍しい建築で、屋根は鉛板で葺いてあり、中に入ると軒組が実に精密で美しいフォルムを造形している。
  さらに大庫裏、法堂、回廊を経て、僧堂を巡ったが、ここまで立派なお寺は全国でも数が少ないと感心させられるほどだった。天気のせいかお客さんも少なかったので、ゆっくりと堪能できたのも良かったのかもしれない。

 食事の後、氷見の方に足を伸ばす。氷見の海岸からは、晴れていれば海外線の向こうに立山連峰が見えるとのこと。海の上にいきなり3,000m級の山が見られる風景というのは、世界でも数カ所しかないらしい。今日は残念ながら見えないが、今度富山に来たときには見てみたい風景のひとつだ。
  古来から、高岡が風景の素晴らしいところだったことがわかるのが、高岡万葉歴史館。万葉集で有名な家人、大伴家持を中心とした歴史資料館だ。入館料はわずか210円(訪問時)なのだが、大変丁寧な造り、と最新技術を凝らした展示品の数々で時間を忘れて見てしまう。
  万葉集の中で、大伴家持が詠った歌は全体の約1割。その中でさらに約半数が、ここ富山(越中)時代に詠まれたものだというから、実に万葉集の約5%はこの土地にいる間に詠まれたものという計算になる。
  そんな家持に関する歴史や、当時の暮らしなどを学ぶことができる上、主要な和歌はひとつひとつモニュメントとともに展示されており、ボタンを押すことによってインタラクティブに楽しめる。
  地元の学生さんなどは学校で見学などしたりすると思うのだが、将来大人になったときに、こういう施設が地元にあるということは、とても有意義に感じるのではないか。先ほどの瑞龍寺もそうだが、知名度の割に「良いものを見た」という気になる場所が富山には多い。
  その後も、富山市内で名物ます寿司などのおみやげ物を見たり、越中薬売りの元祖店舗で薬膳を味わったりした。

貨車の付いたケーブルカー
富山市内の噴水・夜景

 

天の奇跡

 時刻は夕方に近づいて来たので、富山平野を一望できる呉羽山へと歩を進めた。この山は富山市の西方にあり、広い富山平野の中で唯一小さな丘が連なっている場所である。駐車場の木々の間から、富山市内が一望できる、デートスポットにもぴったりのところだ。
 この時、天の神様がひとつの奇跡を起こした。昨日から降り続いていた雨が上がり、雲間から過ぎ去っていく今日を惜しむ赤い夕陽が、さっと差し込む。その瞬間、朱鷺色の空を駆ける大きな虹が架かったのだ。
  虹は富山市から出でて、能登半島の方まで、綺麗な半円を描いて天空を横切る。虹の両端が地上に消えていく部分まではっきりと見えた。こんな虹を見たのは何年ぶりだろうか。虹はやがて二重になり、しだいに光を失っていく世界に溶け込んでいった。
  まるでオペラの終幕のように劇的な1日の終わり。それは私たちにはっきりと確信させた。明日は立山に登れるのだと。

 夜の帳が降りてからは、富山市役所の展望台にあがり、夜景を楽しんだ。河川敷に作られた富山空港に降りる飛行機が照明をつけて横切っていく。
  それから駅北部の再開発された人工運河地域へ。富山は比較的、地域の再開発が盛んな街なのだそうだ。古き良きものがある中に、こうしてまるでヨーロッパの都会のような新しい風景が形成されていく。願わくば、このバランスを保って発展してもらいたい。
  今夜は友人宅にお世話になる。大変手厚いもてなしを受けた。
  景色の美しさに見とれる場所は多い。歴史や文化に触れ感動することもある。しかし、富山で心動かされたものは、友人の観光案内であり、その家族の心遣いである。旅行の楽しさは様々だが、人の温かさを感じた旅は、いつまでも自分の中に残っているのだ。そして、いつでもはっきりと思い出せる。

 

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